 |
ひろし君の部屋2はコチラから |
| グリーンハウス店舗マップ |
ひろし君の部屋1 版権所有吉田博史、禁無断転載 感想、ご意見をお寄せください→ h-yoshida@ys-greenh.com |
|
アウトドアウェア裏話Qついに値上げが始まった(2007/9/6)
アウトドアウェアのメーカーはこれまで原油高、ユーロ高(円安)の影響を出来るだけ吸収しようと努力なさったようで、円安、原油高にも関わらず、極端な値上げは行わずに来ていた。しかしついにその努力も限界に来たようで、この夏の展示会シーズンで、2008春夏商品の値上げを始めたメーカーがほとんどだった。これまでなら値上げをしてもそれなりにグレードアップも行われていた場合ほとんどだったのに、今回は違う。某一流ブランドの型番継続の人気商品が、変わったのは色だけで本体8,800円から11,000円に25%も値上げされた例もある。値上げが避けられないのは無理も無い状況であることは事実だ。けれども所得は上がっている人は極く少数なのだから買われる方が減るだろうことは必然だ。このモデルは春夏、秋冬年2度生産品番でこの秋冬モデルまではこれまでの価格8,800円+税で求められるので、買おうとお考えの方は「今のうち、それも選べる在庫が豊富なうちに」がお勧め。今後の見通しも明るくない。原油高が一段落しても、ユーロ高(円安)基調は変わらないと思うので(ドルの変動は政策がらみが強すぎて予測できない)値上げは今後も続くだろう。
アウトドアフィールド裏話P植えなくても木は育つし森林となる。(2006/8/25)
七時雨山は名前も良いが、森もいい。この森は、人が一旦牧草地にするために破壊したのだが、70年ほどのときを経て、自然が牧草地を「自然に」森に変えたのだ。折爪岳に関してもはっきりした証言があるので、頂上まで牧草地だったことが分かっている。折爪岳には東側にアカマツ、カラマツ、スギが、かなり植林もなされているが、ブナ、ミズナラの自然林もある。いずれも若い木ばかりだ。山頂西側にはスギのほかブナやドイツトウヒ、ウラジロモミが植林されているが、スギ、ウラジロモミ以外はあまり生育が良くない。むしろミズナラ、トチ、ヤマグワ、カエデ類、ハリギリ、ミズキなどの自然林が豊かである。
七時雨山もおそらく7合目くらいまで牧草地にされていたはずだ。今でも3合目(標高730m)までは牧草地である。3合目から上が森林なのだが、登山の案内書には「ミズナラ林」として片付けられているこの森は、ダケカンバの高木、ブナ、目だった沢は無いのにサワグルミ、シナノキ、オヒョウ、ホオノキ、低木層はアオダモ、シナノキ幼木などの多様な樹木で構成されていて、むしろミズナラやカエデ類、サクラ類、トチなどは少数派である。カエデ類、トチ、ミズナラは3合目より下の牧草地周辺では多くなるのだが。
七時雨山の3合目から上の森林は、おそらく牧草地の管理をやめて放置した結果(60年〜70年ほど前?)まず陽樹のダケカンバが先陣を切り、他の多少暗くても成長できるシナノキ、オヒョウなどが続いた二次林ではあるが、全くの自然林と私は観察している。薪炭用に伐採を繰り返すとミズナラ、ウワミズザクラなどの萌芽力の強い樹種が優勢になるのだが、ここは違う。登るにつれブナとダケカンバに収斂していくのだが、麓付近よりは太い個体が増える。これらは放牧地だったときにも森林として残されていた部分なのだろう。面白いことにブナは山陰の雪の吹き溜まり地形部分に多く、風の通り道はダケカンバとはっきり色分けされていくのも興味深いものがある。こういった自然のなせる業を観察すれば、折爪岳山頂西側の植林されたブナの生育が悪いのも頷ける。ブナは風の強い場所での成長は不得意なのだ。同じ山の雪の吹き溜まる東斜面ではブナは植えなくても自然に生育している。
もっと極端な例を挙げると葛巻町の袖山がある。袖山の西斜面は馬淵側水源地付近以外は牧草地になっている。水源地付近上部はダケカンバの林である。この林の南側を袖山駐車場から水源地に下りていくさえぎるもののない道の両脇に、10年ほど前であろうかブナが植えられた。けれども冬の乾いた西風のために枯死したものもある。現在かろうじて生存しているものも植えられた苗のときより小さくなっている。上部が風で痛むのだ。積雪があれば風は防げるから枯死しないのだが、あの風の強い場所では雪も吹き飛ばされ積もらない。かろうじて雪をかぶる地上20〜30cm部分だけ生存し何とか春に芽を出して成長するものの、冬になればまた同じことがおきる。こんな場所で育つことができるのは現にあるダケカンバのほかは少ないだろうう。事実水源地付近では、水源地上部に残された母樹から、ダケカンバや、ケヤマハンノキ、イタヤカエデ、どこからか飛ばされてきた種から生えた、けなげなカラマツが少しずつ伸びている。余計な手を加えなくても放牧をやめただけで樹林は復活できるのだ。不向きな樹木を植林するのは余計なおせっかいに過ぎない。どうせ植えるならそこに向いた樹木を植えたいものだ。風の当たらない袖山の東斜面にはブナの大木やサワグルミがたくさんあり、ちょっとの空き地にはブナなど幼樹が密生して成長競争をしているのだから。
O山登りは一期一会(2006/06/06)
5月27日(土)6月4日(日)と2週連続で戸来岳に登ってきた。目的は大駒ヶ岳と三ッ岳鞍部のミネザクラを見たかったのだが、27日は早すぎ、4日は遅すぎで結局ハシリと遅れ咲きのものを見てくる結果となった。数年前の5月25日満開のミネザクラとオオカメノキに感激して以来、毎年5月末、6月初にに戸来岳に登っているが、最初と同じような感激の花見はしていない。同じことは七時雨のオオヤマザクラにも言える。最初に行った時が大当たりで感激の花見をしたのだが、その後何年行っても最盛期に当たらない。昨年は早すぎ、今年は遅かった。今年は七時雨山荘前の植栽のソメイヨシノが満開だったので、ちょっと早かったか!と思ってオオヤマザクラにたどり着いたらオオヤマザクラのほうは終わっていたという開花期の逆転現象だった。どちらも最初が大当たりだったのはビギナーズラックだったのだ。
思うに毎日のように登る場合は別として普通に仕事を持って休みに山に行くという程度では、同じ山でも二度と同じ状況は無いということなのだろう。、天気が違う、時刻が違う、季節が違う、自分の体調や感覚だって日々異なる。そこにある山は同じ山に違いないが、同じ登山は二度とない。まあ人生も同じだ。同じようなことをしていても、同じ時間は二度とは無いのだから。私の場合はお気に入りの低山が数箇所あるので季節の変化を楽しみながらそこらを廻っているだけで1シーズンが過ぎてしまう。
金と時間に任せて、あっちの山、こっちの峰とピークハンティングに飛び歩いたところでその山のほんの一部の仮の姿をを味わったにすぎない。もちろん達成感はあるのだろうが、私には無縁のものだ。
N北国にも猛毒キノコ「ニセクロハツ」が発生(2005/08/31)
8月29日十和田湖畔でニセクロハツを初めて見た。食菌のクロハツと間違えて食べた男女が死亡したという新聞記事が載ったばかりである。図鑑などによると元来ニセクロハツはシイ、カシ林に生える南方のキノコとされていたが、温暖化の影響なのか、北国の標高400mのブナミズナラ林にも発生したわけだ。厳密にはミズナラの根本に菌根をつくったような状態で発生していた。クロハツについてもどちらかというと南方系で過去にはあまり見なかったが今年は平地のアカマツコナラ林ででクロハツが多量に発生している。クロハツはもともと黒いしばくされ易く、きれいなキノコでもないし、発生量も少なかったのでこの辺ではあまり食べる習慣が無い。おそらくニセクロハツをクロハツと間違えて食べる人はいないと思うが、念のためご記憶されたい。
M身近な生態系〜ケムシとブドウとノブドウの話(2005/08/12)
グリーンハウス店舗裏にちょっとした通路状の空き地があり、隣地は駐車場で高さ1.2mのネットフェンスで隣地と仕切られている。通路としてはプロパンガスの交換時にしか使用しないので多種多様な草本(ツルマンネングサ、ミツバ、ノコンギク、オオアワダチソウなど)木本(ナナカマド、ケヤキ、カツラ、ヤマモミジ、ノブドウなど)が勝手に繁茂していて、生き物好きの私には非常に興味深い。通路としての機能がなくなるのは困るので最低限の刈り込みは自ら行っている。近所にいる飼い猫の通路にもなっているし、除草剤など私にはとても使う気になれない。 今、フェンスはノブドウの蔓で緑のスクリーンになっている。その中に何故か一株の本物の栽培種のブドウ(多分キャンベル)が混じっている。今年は沢山のノブドウの実に混じって本物のブドウも私のおやつぐらいにはなりそうだ。 このブドウを発見したのは4年前のことだ。私が赴任する前は通路の確保に除草剤をたびたび使用していたので、ブドウもノブドウも生理障害で勢いが無く、皆いじけたノブドウだと思っていたのだ。一昨年、ブドウの株の成長の邪魔になるだろうとの考えでノブドウを7割がた刈り払ったのだが、結果は無残な失敗でその年のブドウの収穫は皆無だった。なぜなら毎年ノブドウの葉を食べていた毛虫(ヒトリガ類の幼虫、種は特定できず)が残ったノブドウばかりかブドウの葉まで食い尽くしてしまったのだ。枯れたかと思ったが昨年はやっと新芽を何本か出し、ノブドウも刈らなかったのでケムシの被害は分散し何とか一年かけて樹勢を取り戻すことができたというわけだ。 良かれと思ってしたことだが却って悪い結果を招くという実例である。一度介入したら徹底して管理(この場合はケムシの駆除)を毎日しなければならなかったのだろうがそこまで時間的に手が回らなかったのだ。世の中にはこれに類することが数多くあるだろう。いま自然保護がよく話題になるが、自然の仕組みを理解せずに行う下手な介入は却って悪い結果を招くことがあるのだ。 今年はノブドウについてはフェンスから大きくはみ出そうという芽の先だけ摘むというだけにした。沢山の花が咲き、沢山の実がついている。花にはアブやハチが集まり、例によって毛虫も沢山ついたが、小鳥も来るしまた無事蛹化した個体も多いのか今は平穏な緑のスクリーンである。秋になればノブドウの実はきれいに色づいて、ノコンギクの花野を見ながらブドウをおやつにできるものと思う。
アウトドアフィールド裏話L花粉症と風向の関わり(2005/05/02)
花粉症が発症してから今年で5シーズンめになる。今年は良い鼻炎用のサプリメントを服用しているおかげで大量飛散年であるにも関わらず、症状はたいしたものではないのだが、症状に波があるのが今年良く分かった。雨があると症状は軽くなり、東風が吹いてもほとんど症状が出ない。一番ひどいのは乾いた西風が吹いたときである。
ところが先日4月24日に岩手県葛巻町の袖山(安家森登山口)まで行ったときには西風が吹いていたが症状は全く出なかった。

袖山高原からはるかに岩手山(樺森の右手にうっすらと)を望む
その後の4月29日の盛岡でも症状は極く軽く、花粉症のことはほとんど忘れていたが八戸に近づくと福地PAの辺りからまた症状が出始めるのだ。
岩手県にスギは、あることはあるが、青森県秋田県に比べてはかなり少ない。安家森の西側はカラマツの植林地かアカマツ林が多い。その向こうは奥羽山脈であるがブナやミズナラだ。そのまた向こうはスギの植林地のある秋田県だが、高い山越えの際に花粉は樹林帯で濾しとられるのだろうか。
翻って八戸の風は馬淵川や五戸川に沿って流れることが多く西南西の風が吹く。その風上である上流は熊原川と安比川であるがその向こうはあまり高くない峠を間に米代川だ。米代川流域は名だたるスギの産地である。安比川流域は天台寺付近にスギの美林はあるものの総面積はたいしたものではないが、熊原川流域はスギが多い。五戸川上流域にはもっと多い。

十和田湖外輪山南側部(米代川源流部)のスギ植林地。標高約500〜750m
風の流れを考えると西風は米代川を遡り、大量のスギ花粉を巻き込みながら迷ヶ平や来満峠、貝梨峠という標高600mに満たない鞍部(日本の背骨奥羽山脈の鞍部としては低いものだ。特に貝梨峠は437mしかない!)を越えて安比川、熊原川や五戸川を流れ下り五戸川、熊原、馬淵側流域ではさらに花粉を巻き込んで八戸に流れ下る図が見える、花粉症の酷い人は花粉の季節には八戸には来ない方が良いかも知れない。
奥羽山脈の鞍部の話をしたのでもう一言。一番低いのは岩手県湯田町と秋田県山内村の境でなんと296mしかない。峠という印象すらないのではないかと思われる。そしてその風下の北上市は冬の季節風の影響を受け、雪の少ない岩手県南部ではもっとも雪の多い都市である。
J南八甲田登山道問題に関心を寄せるもののひとりとして(2004/5/30
私はまず、新聞報道などで無断刈り払いの違法性の追求に強い力点があることに違和感を持った。読者は法の執行人ではない。「罪への罰が厳重注意だけでは少なすぎる」という論調はこれまでも繰り返し掲載されていて、山を愛するもののひとりとして今の南八甲田の登山道の悪さ加減にはうんざりしているし、問題は違法性の追求だけでは解決しないと思うからだ。また、新聞論調の「南八甲田はオーバーユースだ」というのがよくわからない。私の経験では登山者は北八甲田に比べるとまるで少なく、入山しても何人に挨拶したか指折り数えて全て思い出せる程度なのだ。時期によっては山菜採りの人の方が圧倒的に多い。何を基準にオーバーユースだというのだろうか?
山渓の本などでも紹介されている、「南八甲田のお花畑」を一度見てみたいと思う方々は全国にいらっしゃるので、いたずらに「オーバーユース」を声高に叫んでも登山客の流れを止める事はできない。まして山菜採りは道なき道を行くのだからほとんど関係が無い。登山道と関係の無い道が新たに出来るだけだ。とにかく登山道整備の何らかの具体策が必要だ。

誰とも会わなかった前谷地から乗鞍岳を望む
さらに、青森県や環境省のいう「南八甲田は整備しないのが画期的な管理計画」というのは北に比べ距離も長い南八甲田は整備に金がかかり、整備できないことへの「言い逃れ」あるいは「自画自賛」でしかない。登山道を整備しないことが登山者数を制限する唯一の方法という考え方はあまりに安易であり、かえって自然破壊につながる危険性をもっている。
登山希望者は既存の登山道を使って登山する権利がある。同時に自然保護に配慮する義務を負っていることも承知しているが、既存の登山道自体が貴重な湿原を通過するものが多いことや、洗掘や水溜りなどであまりにも荒れていて通行困難のため、「巻き道」や「踏み込み」そして「自然発生的な付け替え」が多発しているのも事実なのだ。これは単純に整備が遅れていることが原因であるとしか思えない。そして一部の登山愛好家による道の付け替えや違法伐採はそんな状況で行われたのだ。
整備するならまだ生態系が破壊されていない今のうちだ。登山道整備が遅れたために、本来の登山道から外れる踏み込みが多発してハイマツなどの高山植物が消滅した北八甲田大岳、井戸岳、仙人岱湿原の苦い教訓があるのに、何故即座に登山道整備を進めないのかその理由が不可解だ。生態系が消滅してしまってからでは遅い。北八甲田での植生回復への努力は現状ではあまり報われているとは思えない。特に仙人岱湿原は絶望的だ。湿地というのは黙っていても自然の遷移で徐々に乾いていく。いくら保護してもいずれは消滅するデリケートな植生なのだ。どうせなくなるのだから今失ってよいというものではない。
何より先に当事者である環境省、東北森林管理局、青森県の三者が合同で知恵を絞るべきではないか?そして管理指導する立場の自然公園指導員の方々や受益者である登山者から意見聴取を実施し、それぞれに尊重されるべきであろう考える。
本当に制限が必要なら有料道路と同じでゲートと管理人が必要になる。整備に掛かる費用のことも考えて、入山料を徴収したって良いとも思う。そのかわり今みたいに荒れた登山道では観光立県を標榜する青森県の看板が泣くので、まず整備することが前提になる。整備といっても北八甲田レベルまでで矢櫃橋の架け替えなどは必要ないが、ぬかるみ防止の排水対策と湿原部分は木道か湿原を迂回する付け替えが必要だ。
現在のように当事者が金はおろか、知恵さえも出し渋っている状況にはとにかく歯がゆい。また、新聞社には報道の姿勢として「違法行為の再発を防ぎ、南八甲田を国民の共有財産としてどのように保全しどのように利用に供すべきか」という前向きの論を望む。
アウトドアウェア裏話K欲しいものが無い。メーカーは造ってくれない(2004/8/17)
当店はアウトドア用品の中でも登山用品とキャンプ用品を充実させようと努力している。実際私もフィールドに頻繁に出るので当然当店扱いの品を使うことになるのだが、基本的に晴れ日行動の日帰りハイキングというパターンで当地方の山を歩くときに、もっとも必要なものが実は品揃えできずに困っている。山歩き用長靴である。八甲田や十和田湖外輪山は火山噴出物の基層に腐植質土壌が薄く乗ったものだが火山灰の風化した目の細かい粘土状の基層は透水性が悪くぬかるみが多い。いわゆる軽登山靴では埋まってしまうような泥濘や洗掘の水溜りが登山道なのだ。その上北八甲田はともかく南八甲田や人もあまり歩かない十和田湖外輪山の一部は荒れ放題なのでくるぶしまでの登山靴程度では対応できない。私は幸い足は丈夫なのでそのようなところには長靴(バーバリアンチーフテンのサイドストラップタイプ)にスーパーフィートのグリーンインソールを入れたものをを使用するがごつくて重いのが難点である。御鼻部山から黄瀬萢を目指したときや黄瀬沼巡りの時も使用したが長靴ののおかげで泥濘、水たまり、洗掘、木道の流された場所なども平気で歩けてスパッツ不要なのは良いがもう少し軽ければ良いのにと思ったものだ。蒸れはさほど気になるものではない。歩行動作のたびに空気の出入りがあるのだろう。私はぬかるみの無い場所ではノースフェイスのウルトラ100という軽い短靴を使うのでそれとの対比もあり余計重く感じるのかも知れない。軽くて丈夫で、底にネジレ防止のシャンクの入っっていて、ある程度のホールドの良い構造と歩行時に空気の出入りする構造で蒸れを防ぐというものがあれば当店で販売したいのだが、そのような提案をしても笑われるばかりでまじめに取り上げてもらえない。 かつて15年程前、当店でスキー板など扱っていなかった頃、私は子供と一緒に行くためにスキー板を買うことになり今は無いスポーツ店に行った。目的がファミリーで子供と一緒に遊べれば良いので、ゲレンデの下の方で滑るのだから、取り回しの良い短い板、身長マイナス10cmで165cmの板を買おうとしたら、店員に「短すぎる185cmが貴方には適正だ」と言われて、「どうして?短い方がへたくそにはコントロールが楽でしょ?」と聞いたら「身長プラス10cmが標準だ。短いとギャップで安定が悪い。スキーも上手にならない。スピードが出ない。」などといろいろ言われたが、「上手になるつもりは無い。子供達と遊べれば良いのだ。」といって165cmの板を当時としては無理やり買ったことがある。振り返ってみれば、スキー業界の沈没の原因はその辺りにあったのだろうと思う。メーカーも販売店も「スキーはこうでなければならない」みたいな思い込みが強すぎて客の声を聞くつもりが無かったのだから。まだスキーブームの名残のあったその頃に今みたいなカービングスキーやショートスキー、ファンスキーが市場にでていればスキーブームはもう少し続いたかもしれないのにと思う。今じゃ身長175cmに165cmの板は常識なのだが当時は異端だったのだ。誰も彼もが上手になることを望んでいると本気で考えていたのだろうか?大方の人々にはスキーは所詮遊びであり競技や仕事に使う人は極く一部の人に限られていたのだから。 それと同じことは山の業界にも言える。当店も私が配属になる前は、誰にでも山に入るなら「ハイカットの軽登山靴」を勧めていたようだ。「私はハイカットは嫌いだ。足首の動きが制限されてコントロールがしにくい。そんな人々も中にはいる筈だろう」といってなるべくお客様のお話(歩行習慣、山歩きやスポーツの経験、目的地)をお聞きしてからお勧めの靴を選んで提案するように言い続けてから少しは改まったと思っている。某大チェーンの登山用品店のようにお客様の要望とは関係なくこの靴は低山用、この靴は3000m級用などと山の高さで靴をランク付けするようなことは当店ではしたくない。ただし冬山に挑戦したいという場合は誰か先達に弟子入りする必要があり、弟子入りしたからにはいやでも師匠の言うことは聞かなければならないという世界になる。夏山はそのような心配はほとんど無いので出来るだけお客様の希望に沿った形でかつ「使ってみて良かった」といわれるものをお勧めしたいのだ。ところが靴の業界はスキー板の業界より保守的であり、「これがあるべき登山靴」というアルピニズムに凝り固まった靴しか作らない。「良い登山靴」はほとんどアルプスの岩場、ガレ場に向いた設計となっている。泥濘向きは全く無い。実際には当店のお客様の大半はフィールドが地元の山であり、泥濘は悩みのたねなのだが、当店でも泥濘用にはごつい長靴以外に勧めようが無いので実は困っている。このままではスキー業界のようにそのうち沈没してしまうのではないかと心配になる。「まとまった注文をだせるのなら検討してみても良い」などと笑われるだけなのは残念である。もっと販売力が欲しいと思うがそれすらお客様あってのことなのだから。
C何故不必要なモデルチェンジを繰り返すのか?(05/06/29)
アウトドアウェアにおいては機能と着心地と見栄えと価格のバランスが大切なのですが、このバランスの良さをどうとっていくのかという方針はメーカーにより異なります。このほかにパタゴニアのように、メーカーあるいはオーナーの主義主張が大きな比重を占めるブランドもあります。純粋にバイヤーの目から見た「使用価値」からはオーナーの主義主張など不要な部分ですが、メーカーの戦略として捉えることができます。
私は過去20年以上さまざまな商品の買い付けをしているのですが、「何故毎年毎年ニューモデルを登場させなければならないか」という疑問を持ち続けています。全く新しいコンセプトで開発された商品がニューモデルとして登場するのなら分かりますが、全く機能的に変らない大量生産ラインに載らない製品を例えばゴアテックスのレインスーツを何故モデルチェンジする必要があるのか非常に疑問です。確かに見栄えは重要ですから毎年同じものだと飽きるわけですが、レインスーツはアウトドアウェアの中でも機能の優先度合いが高い商品なわけです。その中でももっとも重要なのは着心地でしょう。他に軽さや耐久性も重要ですが雨の中行動しなければならない立場に立てば着心地最優先です。心地と言うくらいで、数値での評価はできません。
実は商品開発でもっとも難しいのがこの「数値で評価できない」部分です。見栄えは着心地に比べるとまだ好き嫌いの評価を数値で捉えることは不可能ではありません。しかし着心地を数値に置き換えるのは実に難しい。考えてみれば立体である人の外側を覆うのに、平面の布地を以ってするのですから、型紙(パターン)造りは生易しいものではありません。もちろんその道のプロ(パターナー)がいらっしゃるわけですが、その方々にとっても決して簡単なものではありません。ちょっとした部分にダーツをとるとか、ガセットを入れるとか、また生地厚が少し違っただけで着用感は全く違ってくるのです。
某一流ブランドNのゴアテックスレインスーツで明らかにパターンミスをした製品が2品番ありました。ジャケットは若干スリム目でそのブランドはほとんどの場合そうなので、そんなに問題は無かったのですがパンツは明らかにオーバーパンツとしてではなく通常の下着の上に着用するパンツとしてのパターンでした。パンツだけ身幅が半サイズからワンサイズ小さかったのです。結局「マッチョで腹に贅肉のついていない若者」限定商品として販売するしかありませんでした。程度の軽いほうは最近まで当社でも販売しましたがいくらカッコ良くても腹の少し出た私では、着用してかがむとホックがはじけるのではやりきれません。
なぜこんなことが起こるのかはハッキリしています。組織としてのノウハウの蓄積が無いからです。モデルチェンジの度に一からパターン起しでは担当者が変れば不注意でこんなこともあるでしょう。でもそれでは組織としては失格です。
モデルチェンジは何のためにするのか?機能性の高いものは「より機能を高めるため」でなくてはなりません。このことが分からずに「毎年モデルチェンジできるのが大メーカーの力」などと威張ってもまったくしようの無いことです。
I保護と利用(2004.05.24)
今青森県の自然を代表する十和田八幡平国立公園の自然環境保全問題で2つの大きな問題が揺れている。ひとつは南八甲田登山道の問題。もうひとつは奥入瀬渓流樹木伐採問題である。
この2つの問題は一見無関係に見えるが実は根は一緒の問題「自然環境の保全と利用のバランスをどうやって両立させるのか」ということに尽きる。私はこの問題に関して環境省と青森県の怠慢を訴えたい。
二つの問題のうち奥入瀬渓流は訪れた方も多いので話が具体的だと思われるのでこちらの経緯を説明する。一昨年、奥入瀬遊歩道に樹木の太い枝が落下して、遊歩道を通行中の方が大怪我をしたという事実が端緒で、この事故の補償という問題で誰が補償の責を負うべきかというときに、国立公園の所轄官庁である環境省と管理者の青森県で責任のなすりあいがあったのだ。そしてこの問題の再発防止の解決法とは、枯死した木、生きてはいても腐朽菌に犯された木、枝が落ちる可能性のある木を「樹木医」に選んでもらいそれらを伐採してしまうのだという。指名された樹木医は200本ほど危険だと診たてたとのこと200本を伐採予定だという新聞報道だ。
冗談じゃない。枯死した木も腐朽菌に犯された木も枯れ枝でさえも生態系の一部である。枯死した木は昆虫の住処、菌類(きのこ)の生活圏であり、野鳥や小型哺乳類の餌場となる。そして腐朽して土に還ることによってまた新たな植物の成長に役立ち、水源涵養の機能を果たすのだ。奥入瀬渓流は都市公園ではない、十和田八幡平国立公園の中でももっとも自然保護に関する規制の強い特別保護地区である。それなのに、二度と責任をとりたくないとばかりに事なかれ主義で危険木を全て伐採というのでは国立公園の意味がない。そういった危険な木は倒壊注意の看板と、それでも残してあることの意義「枯れ木も昆虫を養い、小鳥や小型哺乳類の餌場となり朽ちても新たな命をはぐくむ土壌となります」という説明をつけることによって「ここはただ美しい景観だけがとりえではないんだ」という国立公園本来の意義を分かってもらえるチャンスではないか!
南八甲田登山道問題は経緯が少し複雑だ。複雑にしているのは、自然環境保護官や自然公園指導員の間でも見解の相違やら利害関係やらにより争いがあることで、国も県もその争いをよいことに当事者であることを放棄してしまっていることが問題の本質である。
南八甲田の登山道を無断違法(保安林法に触れた?)伐採を告発したのは元環境庁自然保護官で、その告発により無断伐採した登山家は厳重注意処分を受けた。それで法違反の件は落着すればよかったが、厳重注意処分の前に弱腰の環境庁は自然公園指導員や有識者の意見を聴取した上で、無断伐採でも動機が登山者のための登山道確保という善意であるとして、厳重注意という軽い処分にとどまった。そのせいかどうか無断伐採はその後も続いたが、当事者環境省と青森県は何の具体策も講じなかった。元自然保護官は新聞社を巻き込んで被疑者不明のまま告発キャンペーンを展開し始めた。端を発した「南八甲田の自然」の利用と保全をどう両立させるのかが問題の本質になるべきなのに、違法を取り締まらないのが悪いという「法の執行の問題」にすり替わってしまった。
南八甲田の登山道は恐ろしく悪い。既存の昔からの登山ルート自体が、かつて牛の放牧をしていたひとびとや山菜採りに使われていた道を利用したものなので自然環境に対しての配慮が全くなされていない。湿地を横断するのはざらで、ひどいぬかるみと、それ以外は洗堀また猛烈な藪に悩まされる。私も一般の登山家には勧めない。事実私自身の少ない経験でも、乗鞍岳から南赤倉岳に向かう道で笹薮の中に道を見失ってパニックになっている登山者に道を教えたこともある。けれども南八甲田のお花畑を見たい方々は全国からやってくる。そしてぬかるみを避けるために巻き道や付け替え道が増えている。そして言う「こんなひどい道は初めてだ。」違法伐採はそういう状況で発生した。だからこの伐採に同情的な人々が多数存在したのも事実である。これに対してその元自然保護官は南八甲田をあたかも独り占めしたいがごとく「オーバーユースだから入山制限が必要だ」「もともと誰でも入れる易しい山ではない」だとか「違法伐採が入山者の増加を招いている」とか声高に叫ぶのだが、私が思うには易しくないのは登山道が杜撰だからで(距離は長いから体力が必要なのは確かだが)整備すれば入山者が増えても逆に荒廃は免れると考える。それでなくても南八甲田の自然は雑誌などで取り上げられているので入山者増加の流れは止まるはずがない。貴重な自然なら日本人共有の財産としてきちんとした形で公開すべきだと思う。何も大幅改変してリゾート地にしようというのではない。高々登山道を安全で自然への負荷が少ない形に整備すればよいのだ。
いずれにしても「荒れた登山道のままにしておけば入山者は増えない」という考え方はあまりに安易でかつ危険である。はやく整備しないと、手遅れになる恐れもある。生態系が消滅してから整備しても遅い。かつて北八甲田が登山者急増により登山道が広がって、仙人岱湿原や大岳山頂付近や井戸岳の植生が踏みつけにより消滅し、登山道整備の後の植生回復の努力も遅々として進まない苦い経験がありながらまた手遅れになってから行動しようというのか?違法を告発糾弾するよりも「違法伐採の再発防止」と「南八甲田の自然をどう利用し、どうやって保全するのか」という議論と行動が必要なのに、あれが悪いこれが悪い論が先行するのを良いことに環境省と県という当事者能力のある筈の人々はほっかむりで管理方針も具体策も出そうとしない。利用したい人々だけが困っている現状はあまりに情けない。
H環境保全はどうすべきなのか?
青森市の水道局が水源地を整備し水源涵養林を育成するとして、多額の予算と寄付金とボランティアの善意をもってブナ植林を推進しているという。当初は伐採跡地や草地に植林していたとの事なので、ブナが植林に向くかどうかはさておいて悪いことではなかろうと思っていたら、なんと最近は植林のための空き地が無くなり、こともあろうに、ミズナラやアカマツの自然林を伐採して、かつボランティアの人々が植林しやすいように地拵えと称して林床の植生を刈払ってしまい、そこに植林をイベントとして行っているのだ。本末転倒もはなはだしい。

直径50cm程の育ち盛りののアカマツを伐採してブナを植えて4年
a)ブナ植林という水源涵養林整備目的のための手段が目的化するというお役所にありがちな本末転倒。b)ミズナラという人類の友の樹を軽んじてブナばかり大切にするという誤り。c)人類も自然の一部であり、自然によって生かされているという認識の欠如。d)植林すれば森は育つと考える自然への理解不足。ブナ伐採後に植えた杉が育たずに荒廃している森があれだけ多いのにどうしてその理由を突き止めようとしないのか理解しようとしないのか、私には分からない。
まずa)「手段の目的化」は自然保護の考え方には直接関係が無いというより日本の社会全体に重たくのしかかっている病根であるが、とりあえずここでは無視する。b)については学校教育が悪いだろう。知識の断片を暗記させるのみでその組み合わせの結果の素晴らしさを教えようとしない。その結果c)正しい自然観が育たないしそもそもd)自然を理解しようとしなくなった。つまりいまや日本人は自然に生かされているという認識を持った人は稀になってしまった。
そもそも偉そうに「自然保護」という言葉自体が人間の不遜さ、傲慢、思い上がりから造られた言葉だろう。自然に生かされているのにそれを「保護」するなどということは、少なくとも人類が自然というシステム全体と対等あるいはそれ以上に考えているわけだ。もちろん私達はこの自然環境を私たち自身のこととして大切にしなければならないのだが、多くの人々にとって自然は単なる収奪の場所である。
日本ほど自然に恵まれた国は無い。世界標準で見れば有り難いことなのだ。勝手に生えた樹木や草本、蘚苔類、真菌類が豊かな樹林を形成し水と豊かな動物相を保っている。江戸時代までの日本人はその豊かな自然と共生する知恵を持っていたし実践的に共生を実現していた稀有な社会をつくっていたのだ。明治期それは西欧文明至上主義によって軽んじられ、現代の日本人はその知恵を忘れ去っている。かつての日本人は豊かな自然の恵みを活用する術を知っていた。稲を作るための水田は日本の自然の理に適い、気候を温和にし、水生動植物の楽園となった。山間地の牧野では牛馬が放牧され、本来日本では少なかった草原性の動植物が繁栄し、また新たな活力の高い森林の苗床となった。人々は森林までも自然の力をを上手に利用しながら維持してきた。結果としてクマ、カモシカ、イノシシ、キツネ、ニホンザルなどの大型哺乳類の生存にも寄与して来たのだ。その主役がコナラ、ミズナラ、クヌギというブナ科コナラ属の木々である。これ等の木々はその落ち葉でよい土壌を作り、水源涵養機能もブナに勝るとも劣らない。伐られても何度でも萌芽し森林として復活できる。豊かな動植物相を形成するという、まさに神の恵み、人類の友の木々である。ブナはこれらほど強い樹木ではないが多雪地帯によく適応して環境変化の少ない静的な森を造る。これは日本の自然の基幹をなす樹林だから人の領域ではなく神の領域として大切にされるのは当然であるが、(世界的にこれほど自然のブナ林が残っているのは日本しかない。だから白「神」が世界「遺産」になったのだ。戦後のブナ征伐〜スギ植林が無ければもっとブナ林は広かっただろうけれど。)その副作用で、「ブナが一番優れた樹であると勘違いされている」のではコナラ属が可哀そう。これまでの人類への貢献度ではブナはコナラ属の足元にも及ばないのに。縄文人がブナを焼き、クリとともにコナラを播いて栽培して以降、江戸時代までのコナラ属への依存をすっかり忘れ去っているのは恩知らずだ。
(ここまで読んで賛同された方は拙文「ミズナラの悲哀100年史」も読んでみてください。)http://thinkaomori.cool.ne.jp/yoshidaH/040324mizunara.html

伐採予定のミズナラ林萌芽更新して間もないのでまだ藪然とはしているがあと20年もたてば立派になる
ミズナラ自然林を伐採してブナを植えることが自然保護であるどころか自然破壊であるのにも気がつかない。「かつてはそこはブナの森だったから人間が手を加えてブナの森に戻すのが何が悪い」と言うのがブナ植林擁護派の言い分である。ならば人類自身の生活水準(≒エネルギー消費の多寡)も含め鎌倉時代以前に戻せるのか?と言いたい。縄文人の社会ですらブナ林だけでは食料、燃料というエネルギーの生産性が低すぎて生活できなかったのだ。だからかれらは生存のためにブナ林を必要に応じて切り開き生産性の高いコナラやクリ、オニグルミを増やしたのだ。このことによってブナによる極相林という停滞状態の自然が再び活性化し、人類ばかりではなく、植物相、動物相まで豊かな多様性を生み出したのだ。だれがそれを自然破壊といえるのか?自然の高度利用というべきだろう。それなのにわざわざ活性化しているものを停滞状態に戻すのが本当に自然保護なのか?(因みに縄文人が焼いたブナの森は縄文人の衰退とともに復活し鎌倉期まで続いたらしい。その間青森はほとんど歴史に登場しない。ブナの森は人の領域ではなかったのだと私は考えている。)
私達は自然に依存し、自然の中で生存している存在であることを前提に自然保護のあり方を考え直してみる必要があるだろう。そのためには自然の仕組みをもっとよく理解できる学校教育が必要だ。
(この問題を詳しく知りたいとお望みの方はこちらをクリックして青森の自然環境を考える会HPを開いてご覧下さい。)
G樹林の遷移
自然を愛好される方なら知っている方が多いとは思うが、樹林は時とともに変化する。簡単に言えば陽樹から陰樹へと移り変わる。陽樹はまたパイオニアとも言われ、山火事や火山噴火の溶岩流跡、放棄された農地などの更地に最初に発生する樹種で、土壌はあまり問わないが日当りが良くないと育たない。アカマツ、シラカバ、最近ではハリエンジュなどがその代表格だ。広葉樹の陰樹の代表はブナで、この辺の森林の極相(遷移の最終形態)はブナ林である。ブナよりもっと耐陰性の強い針葉樹のヒバは成長も遅くまた有用材であったため、伐採が進み津軽半島と下北半島以外では消滅した。白神山地はブナ原生林とされているが、実際には江戸時代には相当伐り出されていた事実が最近明らかにされている。かつては白神山地にもヒバはもっと在ったのではないかとも考えられないことではない。また陽樹と陰樹との境目は明確なものでなく、陽樹に近い中間型にナラ類、クリ、サクラ類などの落葉広葉樹が多数ある。

十和田湖周辺のミズナラからブナへ遷移中の林(04/11/03)
パイオニアがアカマツの場合、林は明るいのでブナに至るまでの長い道のりの途中でその中間型の多種多様な落葉広葉樹が入れ替わり、森林は多様性に富み、豊かな日本の森林を作るのだが、パイオニアがシラカバの場合は陽樹に近い中間型の樹木はあまり育たず、もっとも日陰に強いブナがすぐに優勢になってしまうようだ。人里に近いハリエンジュ林の場合付近にブナは無い場合が多いので、今後どのような遷移をするのか分からないが、人手が入る場合が多いので自然の遷移と思われる林はまだ私は見たことがない。ハリエンジュは札幌市以外では雑木扱いで大事に扱われることが無く、八戸市売市にあった大木も宅地化によって伐られてしまった。ハリエンジュの場合蜂は集まるのだが鳥は限られるので下草は茂るが次世代の樹木はあまり見られないケースが多いように見える。
ヒヨドリが往来するようになると樹木の種類はあっという間に増える。私の自宅の狭い庭でさえヒヨドリの落し物から発芽したと思われる樹種は、アオキ、イチイ、ミツバアケビ、ニシキギ、ベニシタン(コトネアスター)、サンショウ、スグリ属の一種、ヤマグワと実にバラエティーに富む。アオキには少々驚きで、あんな大きな果実をどうやって丸呑みにするのか、その光景を一度見てみたいものだ。
F私の好きな樹木(03/09/16)カツラ、ミズナラ、トチ、アカマツ、アオモリトドマツ
生態系を守ろうと大上段に構えるのは嫌いだが、自然愛好家の一員として、自然(即ち人類の生活環境)が豊かになって欲しいという素朴な願いから、つい応援したくなる樹種がある。皆様にも応援していただきたいのでほんの一例を紹介する。
ブナ科の落葉樹(ブナ、ミズナラ、コナラ、クリなど)は昔から土壌を肥やし、動物相を豊かにし、材や果実も利用できるなど広く知られているが、地場の樹種で意外に知られて無いのがカツラである。カツラは沢筋や湖岸の水が豊富でいてかつ水はけの良い場所に多い樹で大木になり、根元からたくさんのヒコバエを出して株状になる。葉はハート型で対生し、秋、黄金色の落ち葉の頃は独特の甘い香りを放つので、姿を見なくてもその存在が分かるほどだ。大径木なのと加工しやすく木目が美しいので昔から家具材、彫刻材に使われた。昔から地場の仏師が好んで仏像、観音像を一木造りで彫刻している(浄法寺の天台寺に参拝し、桂清水を目の当たりにし、宝物殿を拝観されれば納得できると思う)。山では沢筋に多いので、水が無ければ育たないかとも思ったのだが、弘前市では街路樹にも使用していて普通に育っている。盛岡市や二戸市あたりでは枝垂れ性のカツラが大事にされ神社仏閣、城郭公園に植栽されているが、私は自然樹形(ほうき立ち)の方が好みだ。イチョウは神社仏閣につき物だが、根の周りが必ず裸地になってしまうイチョウ(それが好まれるのか?)より神社仏閣に相応しい樹種と思うのだが。
ミズナラはアカマツと共にキノコを養うのでまた、大きなどんぐりで子供の頃から好きな樹である。里のどんぐりはコナラで山のどんぐりがミズナラだ。よくブナと混生しているが、この混生林は最終的にブナの純林になる予定のものである。ミズナラは周辺部の日当たりの良い部分でしか成長できないからだ。コナラ属の日本代表の樹といっても良いくらい家具材、器具材としての材質面、環境保全面で優れた樹である。材はバニラのような甘い香りがするので出来れば白木で使いたい良材なのだが(ウィスキーやシェリー酒の保存熟成に昔から落葉コナラ属の樹、カシワやミズナラに近縁のイングリッシュオークやアメリカシロナラの樽が使われている。また最近話題になったS社の一瓶百万円という超高級ウィスキーは国産ミズナラ樽のシングルモルトであるそうだ。)、英名のオークは日本で樫と最初に訳され、ドイツ語のEiche(イングリッシュオークである)からはカシワと訳されてしまったため本来のオークであるミズナラが日本国内でマイナーな存在なのは本当に惜しいと思う。英国では高級家具から軍艦まで(明治初期頃まで)使われ、オークは「森の王」と尊ばれ、ドイツでは硬貨のモチーフにされるなどTanne(モミ、トウヒ)と並んで大切にされているのに。
トチも山の沢筋に多い樹だが、肥沃な土地であれば沢筋でなくても順調に育ち大木になる。天狗の団扇ののような葉と初夏に咲くシャンデリア状の花序が見事で蜜源植物として非常に重要だ。里の蜜源植物の代表はいまやハリエンジュ(ニセアカシア)だが山の蜜源植物はトチがNO.1で、たくさんのミツバチと養蜂家の生活を支えている。クリの実のような種子が特徴で英名の意味は「馬のクリ」である。フランス語でマロニエといわれパリを代表する街路樹はセイヨウトチノキでトチと同属の近縁種だがこの名もやはりフランス語のクリ「マロン」に由来している。クリとトチは植物学的には近くはないが生態は似ているといえる。興味本位に播種するとみんな芽をだしてあっと言うまに大きくなって処置に困る。非常に渋いので人間が食べるにはあく抜きが大変だが、クマなぞは平気で餌にしているという話もある(これには異論もあり)。トチの大木をご覧になりたければ十和利山の西コースのあずまやのある水場付近にカツラとセットで大木がある。花を近くから眺めたいのであれば八戸公園の久慈街道沿いの駐車場付近に手ごろな高さの樹がたくさんある。
アカマツは里の代表的なパイオニア樹種で、里の森林の母親役にあたる。切り通しの法面(のりめん)や放置された牧草地や畑などに風で飛んできた種で発芽し、痩せた土壌でも菌根菌(ハツタケ、アミタケ、オウギタケ、クギタケ、チチアワタケ、ヌメリイグチ、マツタケなど)の助けも借りながら、落ち葉で土壌を肥やし、コナラを始めとする落葉樹雑木林のゆりかごになるのだ。南部地方にアカマツが多いのは昔からの馬産地でそれだけ牧野が多かったのがある時期に馬の放牧が衰退した結果、低山の水はけの良い場所の放牧地はアカマツ林になり、少し標高の高い場所は樺林、水気の多い場所はハンノキ類、また外来のハリエンジュ林になった結果だと推測される。アカマツの良いところはパイオニアに徹し、開拓した後は後進の落葉広葉樹に場所を譲る潔さだ。
アオモリトドマツ(別名オオシラビソ)はダケカンバと共にハイマツ帯直下に自生する高山のモミの樹で、冬に樹氷となるのはほとんどがアオモリトドマツである。葉の香りが良くお茶の葉を炒ってほうじ茶を作るときの香りに松脂の香りを少し混ぜた芳香を持つ。モミ属なので松かさは枝に上を向いてつくが(外観が似ているエゾマツやドイツトウヒなどのトウヒ属の松かさはぶら下がる)かなり大きく紫色で枝にたくさんつくと、小鳥が行儀良く並んでいるように見えて嬉しくる。この樹は土壌の薄い地帯に育つため、根は地表面を浅く這い回ることになる場合があり、ブナほどではないが強風に弱く根こそぎ倒されることがある。
E二酸化炭素の吸収率とは(03/03/31)
最近また杉花粉症の季節だ。NHKの天気予報でも「なぜ杉林が必要なのか」という疑問に対して林野行政に携わる方からの話として「樹木の中で最も二酸化炭素の吸収効率が高いからという回答でした」と納得顔で説明されたのにはうんざりしてしまった。確かにそのように良い環境と良い管理の下では、杉の成長は早い方なのだからその説明は理解できるが、誰もきちんとした環境で手入れされている杉林に対して文句など言ってない。問題なのは不適地に植えられ、管理もされずに、成長もせずにただ老化して花粉を撒き散らしているだけの杉が非常に多いということなのだ。
不適地に植えられ手入れもされず放棄されたスギ林の無残な姿
二酸化炭素の吸収の結果は見た目でわかる。木材の重量から水分重量を差し引いたものすなわち木材の乾燥重量が二酸化炭素をどれだけ吸収固定したかの成果なのだ。木材は炭水化物でできている。セルロース、リグニンという多糖体(つまり炭素水素酸素の高分子化合物)が主成分である。その量がどれだけ多いかということが二酸化炭素をどれだけ吸収したかの答えなのだから、成長しない杉は二酸化炭素の固定にあまり役立っていないのに花粉を撒き散らすただの厄介者なのだ。木材重量の蓄積で言うなら、広葉樹だって適地での杉に比べても劣るものではない。ケヤキ、ニレ、ハリギリ、ブナ、ミズナラなどは適地では成長は早い。アカマツ(針葉樹だが)やハリエンジュ(ニセアカシア)、ハンノキ類も裸地や痩せ地を急速に緑化したい場合は非常に役に立つ。かつ、その林は他の動植物をたくさん養いながら二酸化炭素ももちろん固定し樹木は生長していく。つまり自然を豊かにしながら二酸化炭素も固定吸収できるが、スギは逆で、立派に育つにはそれまで他の樹林が肥やしてきた土壌の栄養分とか人間による手入れという他からのエネルギー供給が必要な消費者である。スギは種としては脆弱な種で成長のためには肥沃な土地と大量の水を必要とする。自然環境のすばらしい日本でしか生存できない一属一種のいわば敗残の生き残りである。それよりもほっといても勝手に育つ、また家具材として重要な広葉樹林(その中でならスギも育ちは悪くない)を育成したほうが動物相も含めた環境保全にも役立ち人間界も動物界も植物界も丸く納まると思うのだが。
D山菜のおいしい食べ方
私は根っからの自然愛好家なので、山はむしろ山頂以外が本来の領分である。春になるとおいしい山菜が出回るのでそれが殊に楽しみなのだ。好きな順にあげると、ヒメウコギのほろほろ飯、ヤマウドのきんぴら、モミジガサのおひたし、コシアブラのおひたし、ネマガリタケのきんぴら、タラの芽のゴマ味噌和え、シオデ(タチシオデも食べるには区別不要)をマヨネーズで、フキの煮物、がベスト8。比較的単純な味付けで、素材の風味を生かしたものが好みである。てんぷらにすると香りと持ち味が薄れるので個人的にはあまり評価しないが、山菜を食べなれない方には楽しんでいただける良い料理法であることには間違いない。ヒメウコギは厳密には山菜とは言えないかも知れない。人家の垣根に使われるウコギ科の低木で逆に野生のヤマウコギなどは苦さが強烈でよほどあく抜きしないと食べられない。同属のコシアブラは持ち味がヒメウコギや属は異なるが生態的に近いハリギリやタラなどよりマイルドなので単純な食べ方で持ち味を楽しめる。ヒメウコギのほろほろ飯は温かいご飯の上にゆでたヒメウコギの新芽を刻んだものと胡桃を刻んだもの、味噌漬け大根を刻んだものを振りかけて食べるものだが、私は「日本人に生まれた幸せを実感しながら戴きます。」南部地方でこのような食べ方をしているが、他地域での食べ方ははわからない。タラ、ウドを含むウコギ科植物は滋養強壮に良いことも知られている。私もこのおかげで歳の割には元気なのかとも思っていいる。
Cアウトドア製品になる地名と英語以外の外国語
日本人ほど外来語が好きな国民も珍しいのではないかと思います。アウトドア製品に使われる外国語と地名にはいささかうんざりしている私ですが、由緒との絡みもあるのでいろいろ調べてみました。比較的わかりやすい英語を除いても実に多いのです。まず地名、山名では、ヌプツェ(Nuptse)、ローツェ(Lhotse)、プモリ(Pumori)はエベレストの副峰。デナリ(Denali)は植村直己氏が遭難した北米大陸最高峰でアラスカのマッキンリーを主峰とするする山岳地域の名。タゥキーナ(Talkeetna)やチャガッチ(Cugatch)はアラスカの山地名、アコンカグア(Aconcaua)は南米大陸最高峰。ドリュー(Dru)、ドロワット(Droites)、フレネイ(Freney)はヨーロッパアルプスの山名地名。アルタイ(Altai/Altay)は西シベリアの山地名。バルトロ(Baltoro)はパキスタンの大氷河など。.
英語以外の外国語の普通名詞ではネージュ(Neige〜仏語で雪の意)、シエラ(Sierra〜西語で山地:用例としてシエラネヴァダ〜雪のある山)、ヴェンティスカ(Ventisca〜西語で暴風雪の意)、セロ(Cerro〜西語でピークの意)など。
変わったところではザノースフェイスのダウンパーカの名前マクマード(McMurdo)は米国の南極調査機関の名称だそうです。
B2002夏体験したこと(良くない思い出)
7月に八甲田大岳の早登りをした時の話です。私は休日に出勤していましたが、青森店に行く用事が急に出来たので例によってビートで青森に八甲田経由で向かいました。天気も良く、八甲田上空も晴れていました。昨年は眺めの良くない八甲田登山しかしてないので、思い立って、八甲田にひと登りしてから青森に行くことにしました。夏場の標準装備は車に積んであります。格好はラフなものでT/C混の半袖シャツ、T/C混のストレッチパンツ、スパッツ無し。靴はいつものウルトラ100に十和田湖ウォークにも使うナイロンのリュックに標準装備(レインスーツ、水、非常食、救急セット)といつもの昼飯のおにぎり2個をもって登り始めたのが午後0時40分頃、暑い日でしたので少しゆっくり目に登りましたが、地獄沢で一休みしているときに(13時20分頃でした)一団を引き連れて降りてきたガイドさんらしい方が私をしげしげと見てからこう言いました「これから大岳登るんですか?」私は「ええ」と答えたのですが、その方はもう一度「これから大岳に登るんですか?」と聞いてきました。私はむっとして「ええそうです。何も高田大岳まで縦走しようというのじゃないです。」と答えました。そうしたらその方は何も言わずに行ってしまいました。たしかに私の格好は「紺屋の白袴」のそしりを免れない格好でしたし、午後から登り始めるのは基本から外れてはいるのでしょうが、状況を把握して登っているつもりでしたから、咎められるような質問をされるのは不愉快でした。7時まで明るい7月の八甲田です。暑いとは言え午後から登り始めたっていいじゃないかと思うのです。ちなみにその日私は仙人岱で辰五郎清水を大量に補給、昼食をとって一休みしてから大岳頂上を目指しました。そして誰もいない八甲田大岳頂上で眺めを満喫し、毛無岱経由で午後4時10分に酸ヶ湯駐車場に戻り、5時少し前に青森店に着いて一仕事をしました。そして午後6時に青森発午後8時に八戸の自宅に着きました。忙しい登山かもしれませんが私の流儀です。
@毒キノコを食べた話
いわゆる毒キノコを食べた経験が4回あります。そのうち1回は左のコラムC項で書いたように誤食(たった小指大程度一本で食後2時間程でむかつきが始まり、胃痛、嘔吐、発熱〜吐戻してから約2時間で回復)でしたがあと3回は試食です。
その1) カキシメジを塩蔵し3ヶ月程置いてから塩抜きして食べました。この方法は清水大典氏がその著書で「塩蔵2ヶ月で毒は抜ける」と書いてあったものを試してみたのです。中毒はしませんでした。けれども美味くは無かったので2度としてません。他人様にもお薦めしません。
その2) いわゆる毒キノコでも人によって、また産地によって中毒するといわれるハナホウキタケをこれも塩蔵3ヶ月後試食してみました。歯切れ良く、美味でしたし中毒もしませんでした。ただし、清水大典氏によれば「塩蔵しても毒は抜けない」とありますので、たまたま試食品が毒性の低い個体であった、あるいは私本人がその毒に感受性が無かったということも考えられるのでやはりこれも他人に薦められるものではありません。私自身もその後程度の良いハナホウキにめぐりあってないので再度のトライもできないでいます。どなたか試食あるいは普通に食べてるが中毒しないとか中毒したなどの情報をお知らせ戴ければ幸いです。
その3) つい今週の話です。サマツモドキを試食してみました。手持ちの図鑑は全て毒キノコの分類ですが本によっては「人によって中毒する」「塩蔵すると毒は抜ける」「人によっては食べているが中毒の恐れあるし美味くないので食べる値打ちは無い」などと書いてあります。発見したのは松の切り株のすぐ側にかなり大株で新鮮で美味そうに見えたので採取したものでした。生タケを1本だけごま油で炒めいためてみました。生の時は単純なキノコ臭でしたが炒め物はクセのあるにおいがして本のとおり美味くありませんでした。食後4時間ほど経過したとき軽い腹痛があり1時間程続きました。腸が「こいつを消化しようか追い出そうか迷ってる」ような按配で、やはり軽い中毒なのかと思います。生タケは2度と食べるつもりはありません。残りはゆでて塩蔵し12月初めに再度試食予定です。
実はその後塩蔵したものは食べてません。試食直後は軽い腹痛があったわけですが、その後どうも腸の調子が一定せずなんとなく不調なのです。慢性毒性も考えられるので捨てることにしました。こういうことがあるのでヘタに試食などすることは禁物と言うわけでしょう。これに懲りて危ないものの試食は止めることにします。
(03/02/10記)
アウトドアウェア裏話
B間違いだらけの靴選び足にあった靴を選ぶと歩くのが楽しくなるのに、現実は?
歩くのが楽しくなるほどドンぴしゃりの靴にめぐりあったことがありますか?遭ったらそれは大変幸せなことです。多くの方は多分「そんな靴に巡りあったことは無い」とおっしゃるのではないでしょうか?私の場合幸いにも職業柄もあり良い靴に巡りあう機会が多いのですが、本当にドンぴしゃりの靴にたまたま遭ったことがあるので基準が分かるようになったのではないかと考えてます。2度あります。一度はたまたま出張中に履いていった靴が壊れたので出張先で買ったイタリア製のビジネスシューズ。これは特に高価な靴では無かったのですが、木型が多分私にドンぴしゃりだったのでしょう。足を入れたときから快適でしたが、歩いても新品にもかかわらず足に馴染んだ良い靴で、他の靴を履く気がしなくなるほどでした。当時は東京勤務でこの靴をはいて朝晩のラッシュ時駅階段の走り登りをしながら脚の鍛錬に励んだわけです。2足目は当地に戻ってまもなく、安売りが得意なTスポーツさんのバーゲンで買ったナイキのスニーカーです。もう15年も前の話で当時グリーンハウスはアウトドアをやってませんでした。このスニーカーで十和田湖ウォークに初出場したのですが、周りの方々は、靴擦れ、底マメ、爪つぶしで苦しんでるのに、私は何ともなかったのです。私の足が丈夫なのかとそのときは思ったのですが、後にそのナイキを履きつぶした後に購入した日本では一流とされているA社の同じようなデザインのスニーカー。初めからナイキよりは履き心地が硬い気はしましたが十分履き慣らしたつもりで十和田湖ウォークに出場したら、10kmで靴擦れ、24kmで底マメ、完歩した後、足の爪計5枚がはがれるという惨状でした。履き慣らしが足りなかったのかと思いさらに履き慣らして翌年もその靴で出場しましたがやはり10kmを越えるとだめで結果、靴擦れ底マメ爪はがしの3点セットは前年と大差なしの結果だったのです。これは靴の責任に相違ありません。
その後グリーンハウスに関わるようになり、当時の仕入れ担当者(現在はグリーンハウスにはいません。念のため。)からもっともらしい講釈を受けたりしてハイカットの靴で歩いたりもしてみましたが、確かにハイカットシューズは足首の保護には効果が高いのですが、重い分疲れますし、爪はがし防止には何の役にも立たないのです。いくら足首を硬く締めても痛いだけで靴の中で足が滑っているかぎり、靴擦れ、爪はがしは起きるのです。現に最初のナイキはローカットでしたが爪を傷めませんでしたし靴擦れも出来なかったのです。
結論はかかとのホールドです。かかと部分に余裕があってはいけません。土踏まず部分がやや高めでかかとが遊ばずすっぽりと落ち着く構造が長距離歩いても足を痛めない第一の基本です。歩行だけに絞るならつま先がフレキシブルな構造でなくてはなりません。登山靴はこんな構造になってませんから普段のウォーキングには向かないのです。それに靴は通常の歩行では軽いほうが絶対に有利で疲れません。それとアウトドアユーズに必要なのは捻挫防止の耐ネジレ剛性です。
一般的には高価な靴がいい靴に当たる確率は高そうですが、経験上そうとも言えないのです。あまり安い靴は必ず手抜きの構造になってますから論外ですが、プライドの高い靴メーカーは一般にトップアスリートの意見は有り難がって尊重するようですが、無名の一アウトドアマンの意見は聞かないのですから当然無名の一般顧客に合わせて造ろうという気が無いようなのです。そこで、一般ユーザーにも親切な設計をするメーカーを選定するように私どもでは心がけています。
現在私はノースフェイスのウルトラ100の2足目を自分用に購入して持っていますが中敷はスーパーフィートで補っています。実はスーパーフィートを入れないウルトラ100はどちらかと言うと平凡な靴です。ありていに言えば市場に出てる1/3くらいの靴はスーパーフィートを入れれば使えるようになると思います。グリーンハウスでは残り2/3のババをつかまないように仕入れしているつもりでいます。あとはお客様の足にフィットするかどうかで選んでいただくことにしているわけです。
Aウェアの価格を左右する為替レートについての裏話
ほとんどが輸入品であるアウトドアウェアは今が買い時
現在不況風が吹き荒れているため世の中デフレデフレと騒いでますが、確かにバブルがはじけた時点よりは物価が下がっているのは事実です。バブル絶頂期には対ドル80円だった円が120円と2/3の価値しかなくなった(あくまで米ドル換算ですが)にもかかわらず物価は下がっているのです。けれどもアウトドア主要ブランドのトップモデルはここのところほとんどカタログが変わるたびに値上がりの傾向です。これはやはり円が次第に弱くなっているからです。
一般に輸入品は円高のときに価格が下がり、円の価値が下がると価格は上昇するのが普通の状態ですが、円の価値が70%以下になったのに総体的には不景気の為価格引下げ圧力が強いのでメーカー、問屋さんどちら様もリストラや合理化で頑張っているようです。しかし量産品はコストダウン努力で頑張れても、量の作れないトップモデルはどうしてもモロに円安が反映するのです。
ご存知のようにこのリストラと不良債権の処理の同時進行で企業は新規投資どころではなく、金が回らないため景気は悪くなる一方ですが、そもそもこの事態を引き起こした根本原因は何だったかと考えますとこれはもう「円」がバブル期に実力以上の評価を得たことに尽きると思います。
なんとバブル絶頂期には日本国民の所得は世界一だったのです。これは米国の陰謀と言えるのではなかったかと私は考えているのですが、為替レート(1ドル=80円)という馬鹿高い円の価値のおかげでした。国民の実感は「世界一なんて冗談でしょう」だったと思います。このため円は国内でより国外ですごく使いでがあったのです。可処分所得の高いOLやDINKSの人々は海外ショッピングツアーなどに出かけブランド漁りの末、顰蹙まで買ったりしました。また日本国内でも当然安い輸入品が巷にあふれましたが、それでも輸入業者は潤沢なマージンが取れていたはずです。
その当時の話はさておいて、これからどうなるか予測を立てますと、不景気日本の円は信用が次第に無くなり(〜というより円の実力は現時点でも1ドル=200円が妥当なレベルではないかと私は思います。米国の世界経済政策における「日本降ろし」のための最終兵器が1ドル80円という為替レートコントロールでした)円のレートは実力どおりに下がり始めるというシナリオがあります。そうすれば輸入品がどんどん値上がりを始めます。
一般的には(過去の経験では)円安によって、価格競争力を取り戻した国内産業が復活し景気が回復するというのが信じられているシナリオですが今回はそういう動きになるかどうかわかりません。円高が長い間続き、同時に米国の自由貿易=門戸開放政策による徹底攻撃により、有力な産業の有力なメーカーはすでに生産拠点を海外に移してしまいました。国内の産業はほとんど空洞化していて、実態として国内産業は広い範囲で、すでに滅びかけています。生産を高めようにも技術者や熟練労働者が高齢化していて、かつ「手に職を持つ」ことを軽視し続けてきた日本の誤った教育制度のためもあり若年で腕の良い現場の職人が足りません。この象徴的な例が三菱造船において折角受注した豪華客船を竣工直前に火災で焼失してしまったことです。もう造船業における熟練労働者は日本には存在しないらしいのです。そうでなければ火災だなんてこんな初歩的なミスを起こすわけがありません。ともかく日本の造船業の信用は完全に失墜しました。円安によって復活できる産業は自動車と一部のTT関連くらいでしょう。
この急激円安〜それに加えて借金の膨張による国債の償還不履行なんて事態が絡めば某A国のように、物価だけが上昇する戦後のどさくさのような悪性インフレとなる恐れがあります。輸入品は高嶺の花時代がまた到来するかもしれません。
そこで、景気を少しでも活性化しそのような事態を避けるためにも、目減りする可能性の高い「たんす預金」などしてないで欲しい物はどんどん買いましょう。今が買い時です。信じられない方もいらっしゃるでしょうけれど、私はそんな事態も予測してます。
@ダウンウェア選定失敗の巻
教訓: ダウンは膨れていれば良い訳ではない
私が最初にダウンのウェアを自分で買ったのは私がホームセンターの売り場担当をしていた時代で随分前のことです。最初は勤務先が仕入れた台湾製のダウンジャケットでした。ダウンジャケットとは言ってましたがダウンフェザー比50:50くらいのものでいわゆるグレーダックダウンだったろうと思います。今から考えれば粗悪なもので着ているうちに裏地からスモールフェザーが次々に噴出してくるしろものでした。いわゆるダウンプルーフ加工がなされていなかったのだと思います。確かに保温力はありましたが結構重いものでした。噴出しは我慢してましたが、一度雨の中で着てしまい、ダウンを偏らせてしまっておしまいでした。水鳥羽毛は水にも大丈夫という勘違いをしていたのです。
次に買ったのはこのグリーンハウスからで私自身はホームシティでインテリア関係のバイヤーをやってた時代です。某PH社の今は無くなったブランドでハンティング何とかというブランドの、ごついロング丈のナイロンオックス地のコートでした。特価の売れ残りを安いしお買い得かなと考えて買ったのですが、結果は安物買いの銭失いで使い勝手が悪すぎて結局大して着ないまま箪笥の肥やしとなったのです。生地が厚く柔軟性が無く、せっかくのダウンが体に密着せず暖かく無かったのです。重くて嵩張るし全く甲斐が無いしろものでした。その当時私はインテリアコーディネーター資格取得のため猛?勉強中でしたから、素材の知識は持ってましたが、衣類のデザインの重要性は分かってなかったのです。また大手メーカーといえども本当に素材を分かってデザインしているわけではないのだということも痛感しました。(この他にも大手メーカー製の杜撰な造りの靴で1度ならず2度痛い目に遭ってます。興味ある方は私宛にメールください。h-yoshida@ys-greenh.com 内緒でお知らせします。)
三度目の正直で買ったのがザノースフェイスのヌプツェジャケットです。アムロが着てブームになる2年ほど前でした。当時私は親会社に所属してグループ会社担当の立場でグリーンハウスの経営支援をしていた頃です。これを着てみて「目からウロコ」でした。一見すればへなへなとしていて嵩もあまり無く、頼りない感じがしますが、着てみるとその心地よさにびっくり。軽い、暖かい、温度変化に強い(戸外から暖房されたモールに入ってもそんなに暑苦しさを感じない、)何よりもそのまとわりつくようなダウンの着心地の良さに、「今まで着てたダウンは一体何なんだ」と感じたことです。これはひとえに設計(デザイン)の良さの賜物です。
余談になりますがヌプツェジャケットにはブーム以降ニセモノが出回っています。一昨年冬(この時点ではグリーンハウスのウェア部門の仕入れ担当になってました)某Sディスカウントストアで9800円でチラシに載ったやつを購入してみましたが、それはやはりニセモノでした。本物は600g台の重量しかないのにそのニセモノは800g以上あってロフトもあり、一見本物以上に立派に見えるしろものでした。着てみてその違いは瞭然、あの柔らかさは感じられず、膨れていれば良いと言いたげなFDとかBとかいうブランドと同レベルではありましたがヌプツェではありませんでした。電話でSストアさんの本部に「ニセモノが混じってるようですよ」と連絡しました。話は最後まで聞いてはくれましたが、調査するというだけでその後も同様のものを販売されているようです。同様なニセモノはG市のKストアでも見かけました。アメリカ屋さんとマックハウスさんでは並行輸入品でしたが私の見た範囲ではニセモノは無かったようです。ところが当時のゴールドウィン社の担当者は当社扱い以外はほとんどニセモノであると公言してはばからないのには苦笑いするしかありませんでした。その方は「ミーハーがちゃらちゃら着ているのが気に食わん」とも言ってましたが全然物事の本質が分かってない、売っていながらその商品の良さを分かってない方でした。ご安心ください。もうその方はゴールドウィン社にはいらっしゃいません。
|
|
吉田博史のお勧めフィールド
版権所有吉田博史、禁無断転載 感想、ご意見をお寄せください→ h-yoshida@ys-greenh.com |
|
最近の中高年の登山ブームは、深田の百名山とか花の百名山とかのピークハンティングブームはまだ続いているようですが、里山や名の知られていない野山は静かなものです。私は野山が大好き、というより、野山に代表される日本の北東北地方の風土が好きなので、車と自分の足で日帰り圏内を散策します。当地は美しい自然が手付かずで残されているのにそれを楽しもうという方は多くはありません。白神が世界自然遺産に登録されて脚光を浴びていますが、手軽に行ける八甲田地域にも田代湿原や、グダリ沼のような貴重な自然遺産はあるのです。
山で言えば、八甲田でも北八甲田は良い時期はラッシュですが、南八甲田は良いシーズンでも何人に挨拶したか思い出せるくらいのまばらさです。十和利山にいたっては日曜日なのについに誰にも会わなかったときもあるほど。登山やハイキングに何を求めるか、目的とするかなのでしょうが、ピークハンティングばかりでなく、花や鳥や、山菜・きのこ、森林浴などを楽しみながら健康維持に最適のハイキングに適したフィールドは近場でいくらでもあります。
朝目覚めて、その日の天気を確認してからでも十分に楽しめるのですから、パチンコなぞやってないでアウトドアに繰り出しましょう。基本的に「晴日行動日帰り」と決めてしまえば装備も軽くて済みます。ピークにこだわらなければ、ガスの日なんか登らなくてもいいのです。楽しみは頂上だけにあるのではありません。お気に入りの道の駅での買い物や麓の温泉でリラックス。そんなお手軽ハイキングを楽しんでいる私のお勧めフィールドです。
種差海岸(八戸市) 葦毛崎展望台から始まる種差海岸遊歩道を一度散歩してみてください。八戸の人々にとってはあまりに身近なため、正当に評価されてないのが残念です。世界中を歩いたわけではないので暫定ですが私にとって世界一の景観美を誇る海岸です。十和田湖、八甲田山、白神山地に勝るとも劣らない貴重な観光資源がほとんど持ち腐れ状態なのは本当に惜しいと思います。 途中「釜ノ口」あたりではハイビャクシンや季節の花々に彩られた奇岩と白砂の景勝はまさに神の創り賜うた庭園と言えるほど。司馬遼太郎が地球を代表する景観美と絶賛し、東山魁夷がその出世作となった「道」の題材として選びながら、あまりの美しさに、絵葉書的な美しいだけの風景描写に終わってしまうことを恐れ、海岸線も灯台も消してしまうことによって主題を絞った経緯も分かるような気がします。繰り返しますが、私もこれ以上の美しい海岸線を他に見たことがありません。6月はニッコウキスゲとノハナショウブ、7月にはハマナスとエゾスカシユリのお花畑が出現します。植物のことを言えば、本来高山性の貴重な植物が遊歩道沿いに身近に見られるのです。勿論海岸に普遍的な種も豊富にありますが。春から秋まで季節でその花は移り変わります。

センニンソウの花 大須賀の白砂の浜は40年前は鳴き砂の浜でしたが今は鳴くことはありません。(まだ鳴き砂の場所があるとの情報もありますが、私はその場所を残念ながら知りません。)砂浜は南側の白浜海水浴場防波堤の整備にともなって潮の流れが若干変わったためか、やや浜が痩せその分砂丘が発達し黒松林を侵食し始めています。砂丘はまた大須賀牧場からの小川を堰きとめ後背湿地を形成し風景はやはり変化しています。昔と変わらないのは、白砂の浜に打ち上げられる貝殻の美しさで、カラフルなアズマニシキやエゾキンチャクガイなどを拾い集めるのも楽しいものです。
花盛りのニッコウキスゲとアサツキの花(2007/06/30) 白浜海水浴場は広い砂浜のあるのんびりできる海水浴場です。首都圏にあればとんでもなく賑わうのでしょうが。
白浜漁港の先はまた岩場となります。さらに深久保漁港を過ぎた辺りから立派な黒松林が始まり、波の音が聞こえなければ深山幽谷を歩いているような気分です。勿論波の音もウミウが生息している白岩などという奇岩も目にしながらですから気分は贅沢そのもの。この黒松林は淀の松原として知られていて、この黒松林が切れるとそこはもう種差の芝生地です。芝生と波打ち際の岩場の間が、季節で変わるお花畑です。

ノラナタネ咲く蕪島:ウミネコの子育てはこれから最盛期 私は、この海岸にウミネコ繁殖地の蕪島を加えて、北部三陸海岸国立公園として現在の陸中海岸国立公園に付加すべきであると思うのです。北山崎もいいけれどあれは遠くから眺めるもの。こちらは目の前でウミネコまで楽しめます。ウミネコといえば営巣の時期は階段脇の30cm四方くらいの場所まで利用しています。
こんな真近に子育てを見られるのは世界でもここだけではないのでしょうか?暖かく見守って欲しいものです。ウミネコは少数の育ちきらなかった居残り組を除きお盆には離島し一旦北の海に向かいそして12月にはまた蕪島に立ち寄ってすぐまた南に旅立つのだと聞きます。居残り組の少数は12月に本隊と合流できるということです。そしてまた3月には繁殖のために郷帰りして子育てするのです。
階上岳(青森県階上町・岩手県洋野町)
八戸市民にはすぐ近くの山なのでいつでも登れる安心感のある山だ。頂上近くまで車道があり誰でもお手軽に登れるが、鳥谷部の昔からの登山口から登れば標高差は600m程度あり、結構登りがいのある山である。登山口付近は整備され駐車場とトイレ完備はありがたい。最初はスギ植林地の中を登る。途中水路に沿う道は水路ごと付け替えられたものだ。車道路整備に伴う変更もあって車道をくぐるトンネルが出来ていたりかなり変わっている。スギ植林地を抜けると若い広葉樹林だが、放牧地跡の自然植生であろう。車道終点の大開からはアカマツから広葉樹へと遷移中の植生が、名物のツツジのために刈払われて遷移が停められている。登山道脇には毒性の強いツタウルシが多いのでウルシかぶれに弱い方は要注意。山頂手前には竜神を祭る祠があり鳥居が新造された。すぐ近くの竜神水はかつては飲めなかったが今回はひしゃくが置いてあるので飲用にされてもいるようだ。 地元民に愛されている山なのでルートも多く、ちょっと紛らわしいところもあるのが難点と言えば難点。登山シーズンの土日なら一待てば道を知っている人には必ず会うものとは思うものの、「ここは標識が欲しい」と思った箇所が一箇所あった。後続の方に聞いたら土筆森への分岐だとのことだった。
七時雨山(岩手県八幡平市)
詩的な名をもつ七時雨山ですが、休憩込み往復4時間ほどの手軽なハイキングコースとしてお勧めできます。登山口は安代から西根、岩手町に抜ける県道30号を上り広い牧野に出ると間もなく右側に七時雨山荘が見えます。山荘脇に登山者用駐車スペースがあります。山荘からすぐ近くには名物のオオヤマザクラの大木もあり、花の時期にはその木一本で花見が出来ます。
七時雨山はフタコブラクダの背中のような2つのピークを持っています。頂上、特に南峰からの眺めが良く、岩手山や八幡平などが間近に見えます。登山道は迷う心配はないのですが夏の直射日光下では森の登山口までの牧野歩きが少し大変かもしれません。

初冬の七時雨牧野のシナノキ。背景は田代山(04/11/23)
牧野歩きが終ってブナの森に入ります、ブナの他ダケカンバ、シナノキ、サワグルミ、ホオノキ、ミズナラ、カスミザクラなどの森ですが高度を上げるにつれてブナとダケカンバだけになっていきます。9合目を越え、庭木にしたいようなアカミノイヌツゲの潅木が登山道の両側に現れると北峰頂上は間もなくです。三角点のある北峰は標高は1060mですがすぐ隣に標高1063mの南峯があるので、そちらに向かいます。10分少々で南峰に到達できます。

七時雨南峰から岩手山を望む(04/11/23)
南峰は大休止に手ごろな草地となっています。
十和利山(三戸郡新郷村・鹿角市) 迷が平から往復3時間ほどで登れる手軽な家族向けの山です。標高が約991m、登山口の迷が平は約605mほどですから、標高差は386mほどで、勾配も見た目ほどにはきつくないのでお子様連れにお勧めです。直登コース(東コース)と西尾根コースがありますが西尾根コースは距離が長くなるので多少時間がかかります。

東コース中途にあるシナノキの大木 西尾根コースの尾根に取り付く直前にカツラの大木、トチの大木のある水場があります。5月上旬〜中旬にはここはキクザキイチゲと、エゾエンゴサクの見事なお花畑になります。

但しこの時期は麓の登山道は雪解け水の流れる小川と化けますし、頂上付近は雪渓歩きもありますのでそれなりの装備があった方が安全です。水場の水に関しては、私個人の経験ではこの水は美味しいのですが、水分子のクラスターが大きいのか吸収はあまり良くないようなので飲みすぎないほうが良いと思います。別に腹を下すわけではないのですが。ちなみにこの水場は五戸川源流です。田代川から米代川として日本海側に流れ出る沢とは小さな枝尾根が分水嶺でホンノ100mくらいしか離れていません。かたや日本海かたや太平洋へと別けるにしては小さな尾根です。 頂上には背の低い桜(ミネザクラ)が叢生しています。通常は5月下旬〜6月上旬が見ごろです。頂上からの眺めは抜群で北西の十和田湖はむしろ近くの十和田山の頂上からよりも美しく感じられます。南側の眺めも美しいものです。眼下には迷が平、田代平原、大黒森やドコノ森などの優しい姿の山々、南西からの風、など日本の自然の優しさを満喫できるまさに故郷(ふるさと)の山です。
 十和利山の頂上から八甲田を望む手前のピークは十和田山
戸来岳(大駒ヶ岳〜三ッ岳〜大文字山)04/05/24改稿
健脚向きコース。十和田山、十和利山と併せて十和田三山と称される中でもっとも懐が深く総標高差も950mあり決してなめてかかれません。かなりハードなコースで、前に紹介済みの八甲田小岳〜高田大岳往復コース(総標高差1048m)と同レベルの体力が必要です。最高峰の三ッ岳ですら1159mでしかなく、前の版の東北百名山では初級者コースとなっている(最新版では☆☆に昇格)のは「山高ければ尊く、低ければ初心者向け」という誤った判断基準がやはりあるのではないかと思います。同じ版の八甲田大岳周回コース(総標高差685m)が中級者向けというのも、やはり「あの八甲田山」の主峰だからという思い入れの部分が大きいのでしょう。前置きが長くなりましたが、戸来岳は里山のチャンピオンです。里山としての必要体力は最高レベルですが、それに見合う目のご馳走は最高級のものです。2003年5月25日には最高の花見(ミネザクラ、オオカメノキ〜写真がないのが残念)が出来ましたし2004年5月23日には桜は貧弱でしたがシラネアオイとツバメオモトが花盛りでした。

というわけで、周回コースをお勧めします。後述しますが三ッ岳と大駒ヶ岳をピストンするより大文字山経由の方が花見も楽しめますし、大駒を三ッ岳から登り返すより楽だと思います。鍋岳沢林道を暫くクルマで上って上の駐車場に停めてピストンコースしか選択できなくなるより妙返川沿いの平子沢駐車場に車を留めれば帰りのルートはどちらでも選べますから。上の林道駐車場まで標高差で約300mを足慣らしに登っても40分から50分です。上の林道を越えると756mの標高点があり少したるみがありますがその後は標高差430mあまりをひたすら登ります。急階段をひたすら登りますやがてミネザクラが見ごろになるので花見しながら一歩一歩登っていくと突然その階段もなくなり滑り易そうなザレの急坂になります。ここではシラネアオイの小群落が道端の笹薮の中に見られます。やがてサクラのほかにイチイが見えてくると傾斜は緩くなり高原状の山頂付近を散歩する感じになります。矮性のミネザクラとオオカメノキの花盛りにあたれば最高です。大駒ヶ岳登山道には見られない濃いピンクのミネザクラも三ッ岳側には在ります。何度か行っても運がよくないと花盛りにはあたりません。小休止して三ッ岳への鞍部に向かいます。

大駒ヶ岳から三ッ岳を望む。手前のうっすらピンクに色づいている部分がミネザクラの大群落で運がよければ天上の花見が楽しめる。この時点では、三ッ岳への道はまだ雪渓の下。2006/5/27撮影。
鞍部の標高は990m程度でなんと150m降りて160m以上登らなければならないのです。運が良ければ鞍部はタkネナナカマドやミネヤナギなどの緑の中に矮化したミネザクラの薄ピンクから濃いピンクとオオカメノキのアイボリーホワイトの豪華な花見、まさに天上の花園を見ることが出来ます。下りは急で花盛りに気をとられていると転げてしまうので一歩一歩確認しながら降ります。因みに大駒の頂上に「三ッ岳まで1.1km30分」という標識がありますが、不動産屋の歩何分というのに負けない中身の濃さで、降りるだけで15分登りに30分くらいはみておいたほうがいいでしょう。三ッ岳山頂に到着したら大休止。天気が良ければ眺めは最高。十和田湖はもちろん遠くは岩手山まで見えます。

三ッ岳ピークから十和田湖を望む(04/05/23)
大文字山への分岐はかつては分かりにくかったのですがいまは標識があります。大文字山へは下りがほとんどで上りはたいしてないので、ピストンでまた大駒を目指すよりは楽だと思いますが、利用する人が少ないせいか、道は荒れ気味で、笹も濃いのでルートファインディングのセンスが必要です。初心者の方はベテランとの同行が必要です。ピークからアクリ峠へはすぐです。(三ッ岳山頂から約1時間)ここで直進すれば十和利山への縦走路です。昨年8月に新郷村山岳会の労により刈り払いが実施され開通したものです。犬吠峠を経て宇樽部集落に向かうべき道は通る人もないのかかろうじて獣道程度のトレースがある程度です。アクリ峠で左折しアクリ坂を下ります。下りは迷いませんがアクリ坂を登るときは作業道の分岐が多く注意が必要です。(逆ルートで辿る場合「左へ左へと細い登りの道」と覚えておけば、分岐の樹木に赤いテープ目印を付けておきましたので迷うことは無いと思います。)その後道なりに右折して妙返川沿いの林道に降り(アクリ峠から林道まで20分ほど)、その後約40分の林道歩きで出発点の駐車場にたどり着きます。休憩込みで6時間から7時間のコースです。
八甲田小岳〜高田大岳
健脚向きコース。仙人岱辰五郎清水でたっぷり給水したら(いつも思うがこの水の美味さは最高、おそらく若干炭酸を含む微酸性か?吸収も良く汗をかいた後ならいくら飲んでも腹が重くならない)木道の終点を過ぎたところで道を右にとり、小岳に向かいます。小岳は標高1478mで仙人岱の標高は1310mくらいですから約170mの登りです。道も悪くはありません。小岳から高田大岳に向かう道は小岳山頂からの降りはじめは良く整備されていますが、途中からびっくりするような段差(雨水による侵食)が現れ始め延々とその繰り返しになり、勾配がゆるくなる鞍部付近まで続きます。私の訪れたときは鞍部はヒナザクラの見ごろでした。鞍部は標高が1280mくらいですから小岳から200mほど降りたことになります。ここから高田大岳までは270mほどの登りです。道は悪くはありません。ほとんど直登なので一歩一歩高度を稼ぐという感じで登ります。高度を稼ぐとともに植物相がアオモリトドマツから、ダケカンバ、ミネザクラ(見ごろでした)、ミネヤナギの混生となりそれも高度とともに矮化していきます。ついにそれも途切れハイマツ帯に出て視界が急に開けます。眺めは最高。ハイマツのなかところどころにハクサンシャクナゲがみられます。眺めを楽しみながら登ると頂上はすぐで西のピークに到達します。私には西のピークのほうが高いように思えるのですが東側の祠のあるところがピーク(三角点はなく標高点)なのだそうです。眺めを楽しんだら来た道を引き返すか、谷地温泉へと急坂を降りるかですが、私は酸ヶ湯に車を駐めているので来た道を引き返しました。仙人岱までまた270m降り200m登り、170m下ったわけです。靴はノースフェイスのローカットのトレイルランニングシューズのウルトラ100というモデルを使用しました。私的には軽くて足が運びやすく使い易いものでしたが、状況によってはハイカットでないと対応できないぬかるみなどあるかもしれませんので、誰にでもどんな状況でも薦められる訳ではありません。
白雲亭と白地山(鹿角郡小坂町)
十和田湖外輪山の発荷峠から樹海ラインに入り「見当ぐら橋」という見当はずれの名の橋(現頭倉橋と訂正すべきだと思う)を渡って鉛山峠下の駐車場にクルマを置き、鉛山峠に出て路を左にとれば白雲亭はそう遠くありません。
十和田湖周辺には展望台が私の知る範囲で10ありますが、私的には白雲亭からの十和田湖の眺めが一番だと思います。さらに北にむかってミソナゲ峠(これも某地図ではシャクナゲ峠に化けていた。)を越え白地山直下の標高997ポイントも眺めは良好です。
白地山はこの997ポイントから登りらしい登りは無く高層湿原の中を西にむかいます。小高い丘にたどり着くとそこが白地山の頂(標高1034m)で十和田湖は望めませんが南〜南西側の眺望は良く、天気がよければ岩手山の背中が見えます。
田代湿原とグダリ沼(2005年6月20日) 八甲田山の東側に拡がる田代平は大昔は十和田湖のようなカルデラ湖だったと言われています。あるとき北側外輪山の一部(田代元湯付近)が崩壊して土砂とともに水は流れ出し駒込川と青森平野の一部を造ったのだそうです。元の湖底はいまは湿地や泉が散在する平原になり、牧野として人間に利用されてきたわけです。湿原はかつてのカルデラ湖の一番深いところで、暫くは結構な面積の沼として残ったのでしょうが、植物遺骸が積み上がるにつれ高層湿原へと遷移して現在に至っているわけです。
 田代湿原はアクセスが容易で、木道も整備されていますので自然に興味をもたれる方には手ごろなフィールドです。湿原に特有の植物が間近に観察できます。
 グダリ沼はへんな名前から想像できない、美しいスポットです。田代牧野に忽然と水が湧き出すくぼみがあり、そこから川が始まっているのです。水は澄んでいて、バイカモが自生しています。こちらも国道から歩いて5分ほどです。一見の価値があります。

折爪岳の美味しい水(2004年4月10日) 二戸市と九戸村の間に褶曲した堆積岩が隆起して出来たと考えられる南北に長い屏風のような標高852mの山、折爪岳は自動車道が山頂まであるのでお手軽登山にはもってこいの山です。周りに高山が無いので頂上からの眺めは抜群です。 この規模の山としては湧き水が大変豊かで、頂上近くの標高約800m付近にも秋遅くでも涸れない水場が2箇所あります。自動車道からすぐの場所ですが、どちらも美味しい水です。軽米側ふもとにも「嶽の湧き口」として有名な泉がありますがここには「加熱して」の注意書きがあります。山の塊としては階上岳と大差ないと思われるし、山体を覆っている土壌は決して厚くないと考えられるのですが、山体を構成する岩石の種類と層理の走り方によるのかちょっとこの水の豊富さは不思議な気がします。特に傾斜の急な東側(九戸側)には、江刺家(えさしか)七滝といわれる急流が多く、谷を刻んでいます。滝は山体を構成する岩石(スレート状に薄片となる頁岩?)が露出しているばかりでなく、この岩はミズナラ二次林の所々に露頭が散見され、土壌は極く薄いことが分かります。ミズナラはほとんど伐採後萌芽更新したものでかつて木炭用、キノコホダ木用として切り出されたものだと考えられます。林床では福寿草が咲いていました。帰りには九戸村の道の駅『オドデ館』に行って農産物を買って帰りましょう。瀬月内川流域の良い土壌で育った野菜は美味しいものが多く、たまねぎ、かぼちゃ、枝豆など、「これまで食べた中で一番美味しい」と思ったほどのできばえのものがありました。
袖山高原から安家(あっか)森(岩手郡葛巻町、岩泉町) 特にエンターテイメントは何もありませんが車で行けて登山も楽しめて、山の草花を楽しめて高原気分を味わえ、帰りには美味しい蕎麦を楽しめるコースです。葛巻町から国道281号を平庭高原を目指して進むと江刈川集落があり岩泉右折の標識で右折します。右折してすぐ右に「森の蕎麦屋」:高家(こうけ)領水車蕎麦の店があります。蕎麦屋には帰りに寄るとしてその道をどんどん進むと次第に高度を上げ、樺森の巨大な風車が見えてきます。道なりに進むと左側にレストハウスと左前方に展望台があり、それをやり過ごすと右に駐車場とトイレがありますのでそこに車を停めます。安家森と遠別岳登山道は駐車場から道路を横断したところに登山届けボックスがありますのですぐ分かります。駐車場の先を200mほど降りていけば、馬淵川源泉があります。駐車場付近の標高はすでに1100mを越えているので展望台に上れば安家森に登らなくても眺めは十分に楽しめます。山の植物もヨツバヒヨドリ、ヤマハハコ、ウメバチソウ、ハナイカリ、ウツボグサなどの群落があり楽しめます。袖山から樺森の中腹部は牧野になっていてウシ(乳牛)がのんびり草を食んでいます。安家森へは平坦からやや下りの道を北西に向かえば別な牧野がありこちらは岩泉側でウシは短角牛(和牛の赤ベコ)です。眼前に安家森が鎮座しています。標高差は100mありません。牧柵を開閉して牧野に入り牛糞があちこちにある牧草地の薄い踏み跡を辿れば、岩だらけの登山口がありここでも牧柵を開閉して登りに掛かります。標高差があまりないので登りは僅かです。晴れていれば眺めは最高。
 安家森から南方を望む。手前は岩屑の小ピーク 物足りない向きには遠別岳まで足を伸ばしてみましょう。また牧野に戻り右側の踏み跡を辿り袖山のふもとでまた牧柵を開閉して森の中の道を北に向かいます。森は少し不思議な雰囲気の森です。元々が樺林からの遷移ではないかと思われます。途中安家川の源流を何本か横切ります。標識は完備していますので迷うことは無いでしょう。森を抜けると牧柵跡がありそこで右折します。遠別岳の登りは安家森の登りよりずっと登り応えがあります。途中秋にはノコンギクの花野を分けて登ります。頂上での眺めは西半分だけで、東の視界はよくありません。
 遠別岳登山道から見た安家森。黒々と見える部分はブナ林、風下側で雪が吹き溜まる場所。頂上付近と西側の風当たり強い部分はダケカンバ林。手前はダケカンバ。 左の山は遠島山。 撮影04/11/07
帰りには林道出口の「森の蕎麦屋」によっておいしい蕎麦を食べてかえりましょう。ここの蕎麦屋は地元の婦人会で運営されていて地元産の蕎麦を水力で脱穀、水車で製粉し、手打ちなので蕎麦の香りが抜群です。やや上手には水車小屋がありその少し上手に炭焼き釜があり、自家用の炭焼きまでしているという凝り様です。店内に囲炉裏があり川魚を焼いてます。お勧めメニューはは水車蕎麦セット1000円で冷たい蕎麦と暖かい蕎麦、雑穀いりご飯が少しずつ楽しめます。
蔦温泉-沼巡りの小路(上北郡十和田湖町) 誰でも知ってる蔦温泉なので、沼巡りをされた方は多いのではないかと考えていたのですが、意外にしたことが無い方が多いと最近知りました。これはしたり、十和田国立公園の動物相、植物相を手軽に味わえることではぴか一のスポットですので是非一度沼巡りしてみてください。一巡り約70〜80分のコースでどなたにも楽しめると思います。ビジターセンター側から最初に蔦沼を目指しましょう。季節により花や動物が違いますから、いつ行っても新鮮な感動を味わえます。私的には、鏡沼でイワナが泳ぐのを見るのが好きです。樹木を見るのも好きなので、ブナ、トチ、カツラの巨木も感動モノです。トチの花盛りの頃は、ミツバチが忙しそうに働いているのを目で耳で感じることも出来ます。6月であればエゾハルゼミの蝉時雨やアカショウビンの笑い声も聞こえます。それになんといっても空気が美味しい。一巡り楽しんだあと温泉を浴びてくればこれがほんとの命の洗濯、RE−CREATIONになること請け合いです。
双竜の滝(上北郡十和田湖町) 誰でも知ってる奥入瀬渓流の名瀑「雲井の滝」のある養老沢のちょっと上流に隠れた名瀑があることはあまり知られていません。私も最近まで知りませんでした。どなたからかお聞きして、ぜひ一度みてみようとは考えていたのですが、最近奥入瀬はあまり通っていないので(もっぱら454号を使用するため)つい最近やっと行って確認してきました。雲井の滝の滝壺の手前左側に踏み跡があり、最初は国道側にもどりながら登っていきます。踏み跡は斜面の常道でスイッチバックを繰り返しながら登っていきますがかなりしっかりしたもので迷うことはありません。ところどころにショートカットの跡もあります。ごく小さくて急な沢をひとつ越えたところで養老沢沿いに出るのですが、沢沿いは踏み跡が傾斜していて、雨の日などは沢に滑り落ちる危険がありますので注意が必要です。沢沿いに出てすぐ滝の音が聞こえ始めます。やがて目の前に滝が現れます。滝中段までは柱状節理がハッキリとわかりますが上部は節理の下部の岩が崩壊して少しオーバーハングしています。中央でやや二つに分かれていて双竜と言う名の源であろうと思います。風向きにも因るのかもしれませんが大量の水しぶき(陰イオンのシャワーと言うべきか)を浴びました。夏には特にお勧めかも。雲井の滝からほんの15分です。靴だけは滑りやすいものを避けることをお忘れなく。
十和田神社(上北郡十和田湖町) 参道の杉がこれぞ銘木「秋田杉」(休屋は青森県ですが)という声のかかるすばらしい杉の木です。秋には参道でよくゴジュウカラを見かけます。風雪にさらされ年輪を感じさせる拝殿はさすがに手の込んだ彫刻で装飾され、霊験あらたかです。(私個人の経験ですので保障は〜特に普段の心がけの悪い方には〜いたしかねます。)
十和田神社参道のスギ 稀に拝殿の前に大変人懐こい可愛い犬(ウェルシュコーギと思われます)がいる事があります。もしいたら撫でてやってください。普段は参道脇の社務所裏につながれています。 参拝のあと時間があるときは占い場まで足を伸ばしてみてはいかがでしょう。 30年前は男坂で岩登りをし、占い場までも山登りでしたが今は易しくなりました。ただし雨の時や積雪期は占い場の鉄はしごが滑りやすいので避けたほうが無難です。 2004年1月3日、恒例の初詣をして参りました。例年通りの家内安全商売繁盛のほか今年は「冬は冬らしく雪が降るように、夏は夏らしく暑さが来るように」お願いしたところ、効果覿面、翌日から寒さと雪が始まりました。夏は記録的な猛暑でした。霊験あらたかなものがあります。
 冬の十和田神社
参拝後は十和田湖畔へと向かうみちを辿りましょう。有名な「乙女の像」のある御前ヶ浜にすぐ出られます。冬はオオハクチョウやホシハジロなどが迎えてくれます。
 御前ヶ浜でくつろぐオオハクチョウ
竜興山神社、虚空蔵菩薩、高松寺(三戸郡南郷村)(2004/11/15改稿) 南郷村役場前の交差点から島守方面へ向かいます。島守盆地に向かって下っていくと左手にに有名な虚空蔵菩薩堂があり、右側に最近作られた田園空間博物館”南郷朝もやの里”がありそこの駐車場に車を止めます。菩薩堂は年に一度の大祭は大変賑わいますが、普段はひっそりとしています。菩薩堂をお参りしてから、竜興山神社クライミングに取り掛かりましょう。
 朝もやの里(東)側からみた竜興山 針葉樹の下が参道 南側稜線はアカマツの古木、斜面左はコナラ、ミズナラの森 入口は菩薩堂の道路を隔てた向かい側にまず小さな谷に降りていく階段があります。底には小川が流れていて小さな橋を渡り鳥居をくぐります。最近参道左側に神輿殿が建立されました。階段状の参道の両側にモミの大木が両側に現れますがやがてヒバと杉に替わります。登っていくと次第に急になり高度で約80mほど登ると正面やや左に鎖場の男坂と右側にそれていく楽な女坂に分かれます。ここはやはり男坂にチャレンジ、3点支持の基本を守りながら高度で約20mほど登れば山頂に鎮座する竜興山神社に到達します。参拝したら堂の裏手に回り尾根を西に向かいます。南側は切り立った崖で真下に蛇行しながら流れる新井田川があり島守盆地を一望できます。

展望所から南側の眺め、荒谷集落と新井田川、 山襞の向こうは世増ダムと青葉湖 標高179.1mの三角点を確認し眺めを楽しんでから戻りましょう。(現在は尾根伝いに北西側に降りていく遊歩道も整備されていますがそちらを辿ると市ノ沢側の県道に出るので戻るには10分ほどの舗装路歩きが必要です。) 県道をはずれ南郷朝もやの里の前の道を下ればすぐ近くには高松寺という臨済宗の古刹があり、境内には当地には珍しいカヤの大木があります。島守地区の由緒正しさが伺える気がします。
 臨済宗高松寺のカヤの大木 また最近完成した世増ダムと青葉湖はすぐ近くなので立ち寄って見るのも良いでしょう。
迷が平(三戸郡新郷村)
十和田湖宇樽部から国道454号線を五戸方面に向かい、十和田カルデラの外輪山をつづら折れに登り外輪山の頂上から南に緩やかに下って田代川を越えるとやがて十和利山の麓に広がる迷が平に着きます。 十和利山登山口でもありキャンプ場、売店がある園地ですが、なんといってもここの名物は昔からある下栃棚さんの経営する売店兼食堂です。創業はなんと昭和30年代、当時は現在の454号は国道ではなく、舗装ですらないただの砂利道でした。十和田湖は当時も現在も変わらない観光地でしたがここは訪れる人もあまり無いまさにエデンの園でした。中学生だった私は、親に連れてこられ、周辺の藪で夢中でアケビ採りやナラタケ採りをした記憶があります。私は今でも年に30回くらいは十和田湖に行きますが、ここにはできるだけ立ち寄るようにしています。 売店の売りはなんといっても季節の山菜、キノコで、食堂のメニューにも山菜やキノコが生かされています。お勧めはラーメンと馬肉汁、キリスト餅はそば粉+ジュネです。このほかこの売店には滋養強壮に効果があるという健康食品類が多いので興味のある方には一見の価値があります。冬季は残念ながら454号が閉鎖のため休業します。
下田公園・間木堤(上北郡下田町) バードウォッチャー初心者に冬場特にお勧めのフィールドです。ガンカモ科の水鳥の楽園、冬の水鳥や餌付けしているためそのおこぼれを狙うトビも群れで観察できます。オオハクチョウ、オナガガモ、マガモ、カルガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、オオバン、カモメ、ユリカモメ、などが観察できます。土曜日曜は訪れる人が多く、撒かれるパンくずも多くなるのですが平日だと訪れる人々が多くないので、人なれしたオナガガモなどは足元にまで近寄ってきて餌をねだります。小さい子の情操教育には持ってこいのフィールドです。
 冬の間木堤 |
|
吉田博史の2007年度フィールド日記 |
|
7月22日:十和田湖ウォーク
7/14の南八甲田山行の疲れがまだ残っていた。年だから仕方ないか、、、それでも御鼻部山の登りにかかる前までは順調だった。登りにかかると体が重く歩行速度はどんどん遅くなる。なまじ道を熟知しているだけに「まだまだ登りがある」ことにうんざりしてきて気力も萎えるのもブレーキになる。御鼻部山頂は昨年より10分遅れだったがここを越えればしめたもの、距離的には半分も歩いてないのだが、完歩は時間の問題となる。というわけでゴールは2時9分、昨年より5分早いだけだったがまあまあのゴールタイムだった。
7月14日:南八甲田
また新聞報道で南八甲田登山道の不法伐採が報道された。3〜4年前に南八甲田の夏道のあるピークはすべて踏破したのだが暫く行ってないのでどんな風になっているのかの興味もあり、また八戸はやませでどんよりだし、南八甲田ならやませの影響はほとんど無いからと考え行くことにした。 バーバリアンチーフテンの長靴にスーパーフィートのグリーン印ソールを装備したものを履いて出だしは3年前と同じコース猿倉岳登頂から始める。10時10分スタート。麓に近い樹林の急登はたいして変わってないように思えたが、疎林となる緩斜面の道はササに被われ、洗掘がすすみ、水量が増え、まるで沢登りをしているようなもの。「3年前はこんなではなくスムーズに登れたのにどうして?」3年前1時間15分で登ったコースに1時間50分かかってしまった。猿倉岳から駒ヶ嶺までは標高差がほとんど無くアオモリトドマツの疎林と高層湿原の中を順調に進む、の高層湿原はチングルマが風車になっていてイワイチョウとハクサンチドリが花盛り、ミヤマリンドウははじめて見た。花を見ながら爽やかな風に吹かれて道の上に座り(付近には誰もいないし来る気配も無い)ウグイスの谷渡りが聞こえるだけの幸せの昼食タイム。駒ヶ嶺13:30。 旧道に降りるとテント場でここで男女7人のグループに遭う。旧道を地獄峠方向に戻る。今回は時間の制約があり黄瀬沼には行けそうも無いのでひたすら長い旧道を戻る。違法伐採された木にはマーカーがついているが、ほとんど通行の邪魔になっただろう樹木の枝が剪定されたように払われているので4年前にみた狂気を感じさせるものとは違う。やはり登山者の仕業だろうと思った。これで告発はあまり納得いかない程度のものだ。一の沢分岐で南八甲田の主H氏一行2名と出会う。カラマツソウが花盛りで写真を撮影されていたようだ。松次郎清水で給水中にまた一緒になる。「今朝ここを通らなかったか?」聞かれる。今朝また伐採があったのだという。矢櫃岳を巡るピンカーブ手前で伐採されたばかりの径8cmほどのコシアブラの太い枝を目撃する。切り口は高い場所にあり、重みで下がっていたとしてもくぐるのにたいして困らないだろうから「くぐればよいのに」と心から思ったのは確かである。それにしても道は酷い。付け替えられた歩きやすい部分にはロープが巡らされ、洗掘と岩だらけのでこぼこの「現道」を歩かされるのだから時間もかかる。いらいらした登山者が鋸をつかったのだろう。 道はこんな調子なのに矢櫃橋だけは立派に架け替えられていた。なんともチグハグである。その後も酷い道が続く。猿倉温泉16:15:着。「南八甲田に行くひとはへそ曲がりばっかり」とは当店イベントの助っ人K氏の言である。
6月17日:階上岳
すぐ近くの山なのでいつでも登れるという安心感からか逆にあまり登りに行かない山となっていた階上岳に久しぶりに登ることにした。鳥谷部の昔からの登山口付近は整備され駐車場とトイレ完備はありがたい。最初はスギ植林地の中を登る。途中水路に沿う道が付け替えられていた。道路整備に伴う変更もあってかなり変わっている。スギ植林地を抜けると広葉樹林だが、放牧地跡の自然植生であろう。樹種は多様だがアオダモとオオバクロモジが多い。アオダモはバットに最適の木として有名だが、このアオダモで町おこしなんぞはどうか?なんて考えたり、、、大開からはアカマツから広葉樹へと遷移中の植生が、名物のツツジのために刈払われて停められている。アカマツは葉の透けていて枯れ枝も多く松枯れ病ではないかと気になるものが多い。ちょうどツタウルシが開花期であちこちで見られた。かぶれに弱い方は要注意。山頂では地元有志により鳥居の交換工事中であった。久しぶりに階上からの眺めを堪能した。
6月10日:十和利山
今年は戸来岳花見登山にはついに行けずじまいで今日が今シーズン初。天気を見ていて決断が遅れたのが悪かったらしく、12時登山開始頃から雲行きが怪しくなりだした。3合目あたりで雷鳴頭上で響き始めたので登頂は諦める。5合目付近で花盛りのアオダモに遭う。7合目のシナノキを見に行こうと上り続けたが6合目あたりで雨が降り出したのでそれも諦めレインスーツを着用しての下山となった。
吉田博史の2006年度フィールド日記
8月5日:十和利山
巨木達を見に十和利山に登った。登山口から東ルートをとり登りにかかる。良い香りがする。目に見える花はヤマブキショウマの残りとわずかなトリアシショウマ、ところどころにエゾアジサイとノリウツギというところだが、そればかりではない香りなので、シナノキの残り花があるのかと思いシナノキを見つけるたびに上を見たのだが見つけることは出来なかった。香りは良いのだがアブがなんとうるさいこと!はじめはスズメバチの斥候に付きまとわれているのかと思ったがよく見たらアブだったので帽子で追い払いながら登る。最初の巨木4合目くらいにあるはハリギリ。樹皮が赤くて一見ハリギリに見えないが双眼鏡で確認したのでまちがいは無いはず。幹周り6m弱。ついで7合目付近のシナノキこれは下に前に撮った画像がある。株立ち状で測定困難だが6m超は確実。登頂して十和田湖の景色を堪能する。ここからの眺めは白雲亭からの眺めと双璧だろう。アザミの花にクロアゲハやキアゲハ、キタテハ、セセリ類などのチョウが集まっている。いつ来てもこの山は良い。帰りは西コースを降りる途中、コシアブラの木が倒されていた。誰かが根元を半分ノコギリで切って押し倒したらしい。樹皮と木部の一部がつながっていたので木自体は生きてはいるが、山菜取りのマナーも悪くなったものだ。最後の巨木は水場付近のカツラ。幹周り9mくらい。トチノキ4mくらい。
7月23日:十和田湖ウォーク
前の晩に買ったアボカドを自宅を出る前03:10に食べたのだが、これがちょっと変な味だったのだが朝早いので味覚がおかしいのだろうと多寡をくくってたべてしまったのが悪かったらしく、スタートしてから腹具合が絶不調。普段はよらない宇樽部でトイレによりやや改善する。子ノ口で再びトイレへ。これでなんとか歩けるようになったが、腹に力入らず不得意な御鼻部山登りで吐き気も加わりスローダウン。なんとか登りきったが休めば動きたくなくなるので休まず下る。ペースを抑えたままリズムを崩さずに歩いていたら何とか普通に歩ける程度まで腹具合が回復してきた。滝の沢峠まで来ればあとは何とかなる。あとはいつもより遅いペースのまま例によって道端の植物を観察しながら下っているとやはり植物好きらしい女性に声をかけられ植物談義をしながら歩くことに。北海道から各地のウォークイベントに参加しているのだという。おかげでペースを崩さずにゴール出来たが、タイムは平凡な9時間14分。腹具合の悪さからすれば上出来というところか。天候はスタート前は雨だったがスタート時にやんでいた。気温は低めという条件も良かったのだろう。
|